・・・わが私の餞別ならず、里見殿の賜ものなるに、辞わで納め給えと言う。」――僕はそこを読みながら、おととい届いた原稿料の一枚四十銭だったのを思い出した。僕等は二人ともこの七月に大学の英文科を卒業していた。従って衣食の計を立てることは僕等の目前に迫・・・ 芥川竜之介 「海のほとり」
・・・「十字架に懸り死し給い、石の御棺に納められ給い、」大地の底に埋められたぜすすが、三日の後よみ返った事を信じている。御糺明の喇叭さえ響き渡れば、「おん主、大いなる御威光、大いなる御威勢を以て天下り給い、土埃になりたる人々の色身を、もとの霊魂に・・・ 芥川竜之介 「おぎん」
・・・「ここにいる者たちは小作料を完全に納めているか」「ここから上る小作料がどれほどになるか」 こう矢継ぎ早やに尋ねられるに対して、若い監督の早田は、格別のお世辞気もなく穏やかな調子で答えていたが、言葉が少し脇道にそれると、すぐ父から・・・ 有島武郎 「親子」
・・・奥州筋近来の凶作にこの寺も大破に及び、住持となりても食物乏しければ僧も不住、明寺となり、本尊だに何方へ取納めしにや寺には見えず、庭は草深く、誠に狐梟のすみかというも余あり。この寺中に又一ツの小堂あり。俗に甲冑堂という。堂の書附には故将堂とあ・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・そして、今しがた僕が読んで納めた手紙を手に取り、封筒の裏の差出し人の名を見るが早いか、ちょっと顔色を変え、「いやアだ」と、ほうり出し、「奥さんから来たのだ」「これ、何をします!」お袋は体よくつくろって、「先生、この子は、ほんとうに、・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・随って手洗い所が一番群集するので、喜兵衛は思附いて浅草の観音を初め深川の不動や神田の明神や柳島の妙見や、その頃流行った諸方の神仏の手洗い所へ矢車の家紋と馬喰町軽焼淡島屋の名を染め抜いた手拭を納めた。納め手拭はいつ頃から初まったか知らぬが、少・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・そして、飴チョコを三十ばかり、ほかのお菓子といっしょに箱車の中に収めました。 天使は、また、これからどこへかゆくのだと思いました。いったい、どこへゆくのだろう?箱車の中にはいっている天使は、やはり、暗がりにいて、ただ車が石の上をガタガタ・・・ 小川未明 「飴チョコの天使」
・・・そして八月の十日には父の残した老妻と二人で高野山へ父の骨を納めに行った。昭和十六年の八月の十日、中之島公園で秋山さんと会ったあの夜から数えてまる十年後のその日を、わざと選んだ私の気持はずいぶん感傷的だったが、一つには十日といえばお盆にはいる・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・二度目はこの三月で、私の部屋借りの寺へ二晩泊って上機嫌で酒を飲んで弟にお伴されて帰って行ったが、それが私との飲み納めだった。私は弟からの電話でこの八日に出てきたが、それから六日目の十三日に父は死んだのだった。「やっぱし死にに出てきたよう・・・ 葛西善蔵 「父の葬式」
・・・兼ねて此部屋には戸棚というものが無いからお秀は其衣類を柳行李二個に納めて室の片隅に置ていたのが今は一個も見えない、そして身には浴衣の洗曝を着たままで、別に着更えもない様な様である。六畳の座敷の一畳は階子段に取られて居るから実は五畳敷の一室に・・・ 国木田独歩 「二少女」
出典:青空文庫