・・・と私は端たなく口走る自分に愛想をつかしながら、それでも少しはやに下って、誘われるとうかうかと約束してしまったのだが、翌日約束の喫茶店へ半時間おくれてやって来たマダムを見た途端、私はああ大変なことになったと赧くなった。芸者上りの彼女は純白のド・・・ 織田作之助 「世相」
・・・んで毎日あそこで宿の浴衣や蒲団を繕っているのです、いいひとが出征したので此頃さびしそうですね、と感動の無い口調で言って、私の顔をまっすぐに見つめて、こんどは、あの人に眼をつけたのですか、と失敬な事まで口走るので、私も、むっとしました。すくな・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・と血迷った事まで口走る。酒を飲みに来たのか、ものを食べに来たのか、わからなくなってしまうらしい。 なんとも酒は、魔物である。 太宰治 「禁酒の心」
・・・失敬なことまで口走る。「カフェなんかへは行かないよ。行きたくても、行けないんだ。四円なんて、僕には、おそろしく痛かったんですよ。」実相をぶちまけるより他は無い。「痛かったかどうか、こっちの知ったことじゃないんです。」商人は、いよいよ・・・ 太宰治 「市井喧争」
・・・早くなおらないと承知しないぞ、と脅迫めいた事を口走る。女房に寝込まれると亭主の雑事が多くなる故なり。思索にふけると称して、毛布にくるまって横たわり、いびきをかいている事あり。 四、慾の深き事、常軌を逸したるところあり。玩具屋の前に立ちて・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・魔に襲われて夢に物いう人の如く、あらぬ事のみ口走る。あるときは罪々と叫び、あるときは王妃――ギニヴィア――シャロットという。隠士が心を込むる草の香りも、煮えたる頭には一点の涼気を吹かず。……」「枕辺にわれあらば」と少女は思う。「一夜・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・始めのうちは、条理が立って居たのが次第に怪しくなって、仕舞いには、何を云おうとするのか、文句が断れぎれで、訳のわからないことを口走るようになった。 赤い洋服を着た小さい人は、気が違って仕舞ったのだ。 場面は病院のような処となり、学校・・・ 宮本百合子 「或日」
・・・誰が好き、あれが好き、という表現を、街の娘さんたちが、あらいいわねえ、その声に抑揚をつけて口走る、そのようなものとして感じて、その感情の程度はのりこしたものとして、ああいう答えをしたのかも知れないとも思われる。あり来りの返事をしたってはじま・・・ 宮本百合子 「女の歴史」
・・・薬のためにああいう状態になっているときの譫語は、全く我を知らずに口走るのではなくて、先ず、何かとりとめなく喋りたいという明瞭な欲望が感じられた。ああいうとき、頭でも撫でられていたら、その欲望に身をまかせてきっと、どっさり喋っただろうと思う。・・・ 宮本百合子 「寒の梅」
出典:青空文庫