・・・たとえば在昔は、君臣の団結、国中三百所に相分れたる者が、今は一団の君臣となりたれば、忠義の風も少しく趣を変じて、古風の忠は今日に適せず。 在昔は三百藩外に国あるを知らずして、ただ藩と藩との間に藩権を争いしものも、今日は全国あたかも一大藩・・・ 福沢諭吉 「徳育如何」
・・・俗な、見苦しい、古風な座敷で、椅子や長椅子には緋の天鵝絨が張ってある。その天鵝絨は物を中に詰めてふくらませてあって、その上には目を傷めるような強い色の糸で十文字が縫ってある。アラバステル石の時計がある。壁に塗り込んだ煖炉の上に燭台が載せてあ・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・櫃の上に古風なる楽器数個あり。伊太利亜名家の画ける絵のほとんど真黒になりたるを掛けあり。壁の貼紙は明色、ほとんど白色にして隠起せる模様及金箔の装飾を施せり。主人クラウヂオ。(独窓の傍に座しおる。夕陽夕陽の照す濡った空気に包まれて山々・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・注文の多い料理店はその十二巻のセリーズの中の第一冊でまずその古風な童話としての形式と地方色とをもって類集したものであって次の九編からなる。 目次と…………その説明 (中略、ここに「注文の多い料理店」の中扉のカットを挿入・・・ 宮沢賢治 「『注文の多い料理店』新刊案内」
・・・各新聞の古風な商売仇的競争も、商品としての新聞の売行きのために激しく鼓舞され、記者たち一人一人の地位は、木鐸としての誇りある執筆者の立場から、大企業のサラリーマンに移って行った。記者その人々の存在は、社名入りの名刺とその旗を立てて走る自動車・・・ 宮本百合子 「明日への新聞」
・・・これは古風な正義派の感覚ではありません。 一般の人々が、毎日の生活の中にこれほどの不合理と権力の押しつけがましさを感じ、物質と精神の渇きあがった苦しさを感じているとき、このままでは、やりきれないという、素朴な人間感情からだけでさえも、自・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・一歩を進めて言えば、古風な人には、西遊記の怪物の住みそうな家とも見え、現代的な人には、マアテルリンクの戯曲にありそうな家とも思われるだろう。 二月十七日の晩であった。奥の八畳の座敷に、二人の客があって、酒酣になっている。座敷は極めて殺風・・・ 森鴎外 「鼠坂」
・・・そこは十四畳ばかりの座敷で、南側は古風に刈り込んだ松の木があったり、雪見燈籠があったり、泉水があったりする庭を見晴している。この座敷にもう二十人以上の客が詰め掛けている。やはり船宿や舟の中と同じ様に、余り話ははずんでいない。どの顔を見ても、・・・ 森鴎外 「百物語」
・・・ 高田の作ったこの句も、客人の古風に昂まる感情を締め抑えた清秀な気分があった。梶は佳い日の午後だと喜んだ。出て来た梶の妻も食べ物の無くなった日の詫びを云ってから、胡瓜もみを出した。栖方は、梶の妻と地方の言葉で話すのが、何より慰まる風らし・・・ 横光利一 「微笑」
・・・その融けても行きそうな体は、裸に釣り合うように古風に結ばれた髪の黒さで、急にハッキリとした形に結晶する。湯のなかにはもう一人の女が、肩まで浸って、両手を膝の方へ伸ばして、湯のなかをでもながめ入っているらしい横顔を見せている。湯槽の向こうには・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
出典:青空文庫