・・・ これはその側の卓子の上に、紅茶の道具を片づけている召使いの老女の言葉であった。「ああ、今夜もまた寂しいわね。」「せめて奥様が御病気でないと、心丈夫でございますけれども――」「それでも私の病気はね、ただ神経が疲れているのだっ・・・ 芥川竜之介 「影」
・・・わたしの召使いの女の中にも、同じ年の女は二三人います。阿漕でも小松でもかまいません。あなたの気に入ったのをつれて行って下さい。 使 いや、名前もあなたのように小町と云わなければいけないのです。 小町 小町! 誰か小町と云う人はいなか・・・ 芥川竜之介 「二人小町」
・・・ 私たちは挨拶をすませてから、しばらくは外の竹藪に降る雨の音を聞くともなく聞いていましたが、やがてまたあの召使いの御婆さんが、紅茶の道具を持ってはいって来ると、ミスラ君は葉巻の箱の蓋を開けて、「どうです。一本。」と勧めてくれました。・・・ 芥川竜之介 「魔術」
・・・村越 いや、召使い……なんですよ。七左 いずれそりゃ、そりゃいずれ、はッはッはッ、若いものの言う事は極っておる。――奥方、気にせまい。いずれそりゃ、田鼠化為鶉、雀入海中為蛤、とあってな、召つかいから奥方になる。――老人田舎ものの・・・ 泉鏡花 「錦染滝白糸」
・・・決して人を外らさなかった。召使いの奉公人にまでも如才なくお世辞を振播いて、「家の旦那さんぐらいお世辞の上手な人はない」と奉公人から褒められたそうだ。伊藤八兵衛に用いられたのはこの円転滑脱な奇才で、油会所の外交役となってから益々練磨された。晩・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・自分のお家同様に振舞い、わめき、そのまたお友だちの中のひとりは女のひとで、どうやら看護婦さんらしく、人前もはばからずその女とふざけ合って、そうしてただもうおどおどして無理に笑っていなさる奥さまをまるで召使いか何かのようにこき使い、「奥さ・・・ 太宰治 「饗応夫人」
・・・部屋には、母がひとり離れて坐っていて、それと向い合って、召使いのものが五、六人、部屋の一隅にひしとかたまって、坐っていた。「なんです。」と美濃は立ったままで尋ねた。 母は言いにくそうに、「あなたは、私のペーパーナイフなど、お知り・・・ 太宰治 「古典風」
・・・きょうから、あたしはあなたの召使いじゃないの。それでは旦那様、ちょっと食後の御散歩は、いかがでしょう。」「うむ、」と魚容もいまは鷹揚にうなずき、「案内たのむ。」「それでは、ついていらっしゃい。」とぱっと飛び立つ。 秋風嫋々と翼を・・・ 太宰治 「竹青」
・・・多婬の男子が妾など幾人も召使いながら遂に一子なきの例あり。其等の事実も弁えずして、此女に子なしと断定するは、畢竟無学の臆測と言う可きのみ。子なきが故に離縁と言えば、家に壻養子して配偶の娘が子を産まぬとき、子なき男は去る可しとて養子を追出さね・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・愛称をレンシェンとよばれたヘレーネ・デムートはイエニーの少女時代からの召使いであった。レンシェンはこの時以来、一生をマルクス家の悲しみと喜びとの中に費してその勤勉と秩序で一家の軸となった。『新ライン新聞』の名誉とケルン市における友人の名・・・ 宮本百合子 「カール・マルクスとその夫人」
出典:青空文庫