・・・ 椿岳の画の豪放洒脱にして伝統の画法を無視した偶像破壊は明治の初期の沈滞萎靡した画界の珍とする処だが、更にこの畸才を産んだ時代に遡って椿岳の一家及び環境を考うるのは明治の文化史上頗る興味がある。 加うるに椿岳の生涯は江戸の末李より明・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・僅かに『神稲水滸伝』がこれより以上の年月を費やしてこれより以上の巻を重ねているが、最初の構案者たる定岡の筆に成るは僅かに二篇十冊だけであって爾余は我が小説史上余り認められない作家の続貂狗尾である。もっともアレだけの巻数を重ねたのはやはり相当・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・ 馬琴という人は、或る種類の人、ひと口に申しますれば通人がったり大人物がったりする人々には、余り賞されないのみならず、あるいはクサされる傾きさえある人でありますが、先ず日本の文学史上にはどうしても最高の地位を占めて居る人でございまして、・・・ 幸田露伴 「馬琴の小説とその当時の実社会」
・・・六 余論としてここに一言を要するのは、史上にいわゆる人生観上の自然主義である。過去において明らかにかような名辞を用いたのは、私の知る限りでは、Professor W. H. Hudson のルーソー論に Naturalism・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・歴史上の遺蹟や古美術品の案内や紹介ならばともかく、科学上の権威においてはそのような ambiguity はあり得べからざる事ではないかという人があるだろうが、不幸にして科学上の事柄でも畢竟五十歩百歩である。 権威というのは元来相対的なも・・・ 寺田寅彦 「科学上における権威の価値と弊害」
・・・ニュートン、アインシュタイン、プランク等のした仕事もまた物理学史上のそれぞれの橋の袂であったとも云われる。 われわれ個人にとっていちばん重大なのはわれわれの内部生活における、第一並びに第二の意味における橋の袂である。ここでわれわれは身を・・・ 寺田寅彦 「さまよえるユダヤ人の手記より」
・・・これは文学者の誇張であるかもしれないが、こういう例は史上に珍しくはあるまい。同じ筆法で行けば弘安四年六月三十日から七月一日へかけて玄界灘を通過した低気圧は我邦の存亡に多大の影響があったのである。もし当時元軍に現時の気象学の知識があったなら、・・・ 寺田寅彦 「戦争と気象学」
・・・狭く科学と限らず一般文化史上にひときわ目立って見える堅固な石造の一里塚である。 五 相対性原理に対する反対論というものが往々に見受けられる。しかし私の知り得た限りの範囲では、この原理の存在を危うくするほどに有力な・・・ 寺田寅彦 「相対性原理側面観」
・・・ この方則の設立、エントロピーの概念の導入という事が物理学の発達史上でいかに重大なものであったかという事は種々の方面から論ずる事ができようが、ここで述べたいと思うのは、空間化された「時」だけでは取り扱う事のできぬ現象を記載するために最も・・・ 寺田寅彦 「時の観念とエントロピーならびにプロバビリティ」
・・・然し松方山本二氏の姓名の永くわが文化史上に記録せられべきものたることは言うを俟たない。 大正八年の秋始て帝国劇場に於てオペラを演奏した芸人の一座は其本国を亡命した露西亜人によって組織せられていた。露西亜は欧米の都会に在ってさえ人々の常に・・・ 永井荷風 「帝国劇場のオペラ」
出典:青空文庫