・・・ 明治三十八乙巳年十月吉日鏡花、さも身に染みたように、肩を震わすと、後毛がまたはらはら。「寒くなった、私、もう寝るわ。」「御寝なります、へい、唯今女中を寄越しまして、お枕頭もまた、」「いいえ、煙草は飲まない、お火な・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・ 二月の吉日、式を挙げて、直ぐ軽部清正、同政子と二人の名を並べた結婚通知状を三百通、知人という知人へ一人残らず送った。勿論私の入智慧、というほどのたいしたことではないけれど、しかしそんな些細なことすら放って置けばあの人は気がつかず、紙質・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
・・・ 終に暦が調べられ、結婚の儀式は吉日を選んで行われました。 娘の唖な事を隠して他人の手に引渡して、スバーの両親は故郷に帰って仕舞いました。有難いことです! 斯うやって彼等は親の務めを兎に角済ませたから、スバーの親達には此世の幸福と天・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・「吉日を選びてなしたるわざの、すゑとほらぬを数へてみんもひとしかるべし」というのは、現代の科学者が統計学の理論を持出してしかめつらしく論じることを、すらすらと大和言葉で云っているのである。この道理を口を酸くして説いても、どうしても耳に入らぬ・・・ 寺田寅彦 「徒然草の鑑賞」
・・・この吉日をとり逃したら又何時ふんだんな人間の涙と呻きが私の喉に流れ込むかしれたものではない。一面濛々とした雲の海。凄じい風に押されて、彼方に一団此方に一団とかたまった電光を含む叢雲が、揺れ動き崩れかかる、その隙間にちらり、ちらり・・・ 宮本百合子 「対話」
・・・戦争については、吉日を選び、方角を考えて時日を移すというような、迷信からの脱却を重大な心掛けとして説いている。その他正直者の重用を説き、理非を絶対に曲げてはならないこと、断乎たる処分も結局は慈悲の殺生であることなどを力説しているのも、目につ・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫