・・・酔うといつでも大肌ぬぎになって、すわったままひとり角力を取って見せたものだったが、どうした癖か、唇を締めておいて、ぷっぷっと唾を霧のように吹き出すのには閉口した」 そんなことをおおげさに言いだして父は高笑いをした。監督も懐旧の情を催すら・・・ 有島武郎 「親子」
・・・と、突掛る八ツ口の手を引張出して、握拳で口の端をポン、と蓋をする、トほっと真白な息を大きく吹出す…… いや、順に並んだ、立ったり居たり、凸凹としたどの店も、同じように息が白い。むらむらと沈んだ、燻った、その癖、師走空に澄透って、蒼白い陰・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・ が、蔵前を通る、あの名代の大煙突から、黒い山のように吹出す煙が、渦巻きかかって電車に崩るるか、と思うまで凄じく暗くなった。 頸許がふと気になると、尾を曳いて、ばらばらと玉が走る。窓の硝子を透して、雫のその、ひやりと冷たく身に染むの・・・ 泉鏡花 「妖術」
・・・ その洒落がわからず、器用に煙草の輪を吹き出すことで、虚勢を張っていると、「――君はいくつや」 と、きかれた。「十八や。十八で煙草吸うたらいかんのか」 先廻りして食って掛ると、男は釣糸を見つめながら、「おれは十六から・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・と云ったので、弟は吹き出すわけにも行かず、そうだとも云えず、とても困ったそうだ。――その手紙を弟から貰って、こっちでは皆涙を出して笑ったの。 ところが、本当に今年のこっちの冬というのは十何年振りかの厳寒で、金物の表にはキラ/\と霜が結晶・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・という雑誌については、いろいろと、なつかしく、また噴き出すような思い出が、あるのですけれど、きょうは、なんだか、めんどうくさく、この三番目の兄が、なくなった頃の話をして、それでおわかれ致したく思います。 この兄は、なくなる二、三年まえか・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・あちこちから鎖がからまっていて、少しでも動くと、血が噴き出す。 私は黙って立って、六畳間の机の引出しから稿料のはいっている封筒を取り出し、袂につっ込んで、それから原稿用紙と辞典を黒い風呂敷に包み、物体でないみたいに、ふわりと外に出る。・・・ 太宰治 「桜桃」
・・・る渡りかけては、すとんすとんと墜落するので、一座のかしらから苦情が出て、はては村中の大けんかになったとさ等、大嘘を物語ってやって、事実の祖父の赤黒く、全く気品のない羅漢様に似た四角の顔を思い出し、危く吹き出すところであった。女は、信じて、そ・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・そのもうろくぶりには、噴き出すほかはない。作家も、こうなっては、もうダメである。「こしらえ物」「こしらえ物」とさかんに言っているようだが、それこそ二十年一日の如く、カビの生えている文学論である。こしらえ物のほうが、日常生活の日記みたいな・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・とお辞儀して、どうにも甘えた気持になり、両手そろえてお辞儀しながら、ぷっと噴き出す仕末であった。 老母は、平気で、「はい、こんばんは。朝太郎、お世話になります。」と挨拶かえして、これものんきな笑顔である。 不思議な蘇生の場面であ・・・ 太宰治 「火の鳥」
出典:青空文庫