・・・ねどあくびと煙草の煙に消すも残念なり、いざや人物の観察にても始めんと目を見開けば隣りに腰かけし印半天の煙草の火を借らんとて誤りて我が手に火を落しあわてて引きのけたる我がさまの吾ながら可笑しければ思わず噴き出す。この男バナナと隠元豆を入れたる・・・ 寺田寅彦 「東上記」
・・・それだから海軟風の吹く前には、空の高い所では逆の風が吹き出すわけです。 海軟風は沖のほうから吹き始め、だんだん陸に近よって来ます。浜べはまだ風がなく蒸し暑くて海面が油を流したようにギラギラして、空を映している時、沖のほうの海面がきわ立っ・・・ 寺田寅彦 「夏の小半日」
・・・さらにこの活気に柔らかみを添えるのは、鉄をたたく音の中に交じってザブ/\ザブ/\と水のあふれ出すような音と、噴気孔から蒸気の吹き出すような、もちろんかすかであるが底に強い力と熱とのこもった音が始まる。このようないろいろの騒がしい音はしばらく・・・ 寺田寅彦 「病院の夜明けの物音」
・・・いまにどんな風が吹き出すか、神様以外には誰にも分りそうもない。 寺田寅彦 「夕凪と夕風」
・・・そうして深呼吸をしようとして胸いっぱいに空気を吸い込んだ時に最高頂に達して、それが息を吹き出すとともに一時に爆発する。するとそれがちゃんと立派な「笑い」になって現われるのである。 何もそこに笑うべき正当の対象のないのに笑うというのが不合・・・ 寺田寅彦 「笑い」
・・・何でも、沢庵石のような岩が真赤になって、空の中へ吹き出すそうだぜ。それが三四町四方一面に吹き出すのだから壮んに違ない。――あしたは早く起きなくっちゃ、いけないよ」「うん、起きる事は起きるが山へかかってから、あんなに早く歩行いちゃ、御免だ・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・ところが日本人だと存外単純に見做して、徳義的の批判を下す前にまず滑稽を感じて噴き出すだろうと思うのです。私のしかつめらしい態度と堂々たる演題とに心を傾けて、ある程度まで厳粛の気分を未来に延長しようという予期のある矢先へ、突然人前では憚るべき・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・――櫓の窓から黒烟りが吹き出す。夜の中に夜よりも黒き烟りがむくむくと吹き出す。狭き出口を争うが為めか、烟の量は見る間に増して前なるは押され、後なるは押し、並ぶは互に譲るまじとて同時に溢れ出ずる様に見える。吹き募る野分は真ともに烟を砕いて、丸・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・ お前の轢殺車の道に横わるもの一切、農村は蹂られ、都市は破壊され、山野は裸にむしられ、あらゆる赤ん坊はその下敷きとなって、血を噴き出す。肉は飛び散る。お前はそれ等の血と肉とを、バケット・コンベヤーで、運び上げ、啜り啖い、轢殺車は地響き立・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・と云われたんでびっくりしてゆるんだ口元をたてなおすひまもなくつづけざまに笑われたんでやたらどなってしまった、あとで自分も吹き出すほど御かしい。 それからようやっと落ついてから、こないだのもののつづきを書き「聖書」と「希臘神話」を読む・・・ 宮本百合子 「日記」
出典:青空文庫