・・・それから僕のお母さんにも命拾いの御礼を云わせて下さい。僕の家には牛乳だの、カレエ・ライスだの、ビフテキだの、いろいろな御馳走があるのです。」「ありがとう。ありがとう。だがおじさんは用があるから、御馳走になるのはこの次にしよう。――じゃお・・・ 芥川竜之介 「白」
・・・泥だらけになった新蔵は、ガソリンの煙を顔に吹きつけて、横なぐれに通りすぎた、その自働車の黄色塗の後に、商標らしい黒い蝶の形を眺めた時、全く命拾いをしたのが、神業のような気がしたそうです。 それが鞍掛橋の停留場へ一町ばかり手前でしたが、仕・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・生の長い立派な鬚は目立って白くなった。毎日、高瀬は塾の方で、深い雪の積って行くような先生の鬚を眺めては、また家へ帰って来た。生命拾いをした広岡学士がよくよく酒に懲りて、夏中奥さん任せにしてあった朝顔棚の鉢も片附け、種の仕分をする時分に成ると・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・五月頃聖路加へ通っていると聞いて私は困ったことと思い、しかし自分でよりよいところを紹介できないし、さて今度はどうなることかと思っていたら、私の先生から近所のよい医者を紹介され、命拾いしました。始め羊水が多すぎると言って食物制限をして、バター・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
出典:青空文庫