・・・是等の男女はチエホフの作中にも屡その面を現せども、チエホフの主人公は我等読者を哄笑せしむること少しとなさず。久保田君の主人公はチエホフのそれよりも哀婉なること、なお日本の刻み煙草のロシアの紙巻よりも柔かなるが如し。のみならず作中の風景さえ、・・・ 芥川竜之介 「久保田万太郎氏」
・・・大声に、――実際その哄笑の声は、烈しい敵味方の銃火の中に、気味の悪い反響を喚び起した。「万歳! 日本万歳! 悪魔降伏。怨敵退散。第×聯隊万歳! 万歳! 万々歳!」 彼は片手に銃を振り振り、彼の目の前に闇を破った、手擲弾の爆発にも頓着・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・いずれも宣教師の哄笑の意味をはっきり理解した頬笑みである。「お嬢さん。あなたは好い日にお生まれなさいましたね。きょうはこの上もないお誕生日です。世界中のお祝いするお誕生日です。あなたは今に、――あなたの大人になった時にはですね、あなたは・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・別室にて哄笑の声二人くやしそうに離れたところにすわる。とも子 今夜帰ったら、私すぐお母さんにそういって、いやでも応でも承知させますわ。で、こんどのあなたの名まえは……戸部 俺はなんという名まえにするかな……とも子 いいわ、・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・かれはただそわそわして少しも落ちつかないで、その視線を絶えず自分の目から避けて、時々『あはははは』と大声に笑った、しかし七年前の哄笑とはまるで違っていた。 命じて置いた酒が出ると、『いや僕はもう飲んで来た、沢山沢山。』かれは自ら欺いた。・・・ 国木田独歩 「まぼろし」
・・・果して自分が他に比すれば馬鹿に大きな板を二枚持っていたので、人々に哄笑された。自分も一顆の球を取って人々の為すがごとくにした。球は野蒜であった。焼味噌の塩味香気と合したその辛味臭気は酒を下すにちょっとおもしろいおかしみがあった。 真鍮刀・・・ 幸田露伴 「野道」
・・・を読み、思わず哄笑した五年まえのおのれを恥じる。厳粛の意味で、医師の瞳の奥をさぐれ! 私営脳病院のトリック。一、この病棟、患者十五名ほどの中、三分の二は、ふつうの人格者だ。他人の財をかすめる者、又、かすめむとする者、ひとりもなか・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・晩餐会で腹をかかえて哄笑するのもキュラソのビンで自分の肖像のどてっ腹に穴をあけるのも、工場と富とを投げ出してギャングの前にたたきつけるのもみんな自由へのパスポートである。 自由はどこにある。それは川面の漣波に、蘆荻のそよぎに、昼顔の花に・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ 男も女も、ドッと哄笑する。「どうしたんだろうね、何なの?」 お初は、利平にそっという。しかし利平は黙って答えないが、いうまでもなく、それは今朝、留置場から放免されて帰って来た争議団員たちを、他の者たちが歓迎しているのだ 利・・・ 徳永直 「眼」
・・・南阿弗利加の黒奴は獣の如く口を開いて哄笑する事を知っているが、声もなく言葉にも出さぬ美しい微笑によって、いうにいわれぬ複雑な内心の感情を表白する術を知らないそうである。健全なる某帝国の法律が恋愛と婦人に関する一切の芸術をポルノグラフィイと見・・・ 永井荷風 「妾宅」
出典:青空文庫