・・・ 大理石の卓子の上に肱をついて、献立を書いた茶色の紙を挾んである金具を独楽のように廻していた忠一が、「何平気さ、うんと仕込んどきゃ、あと水一杯ですむよ」 廻すのを止め、一ヵ所を指さした。「なあに」 覗いて見て、陽子は笑い・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・ 綾小路は椅背に手を掛けたが、すぐに据わらずに、あたりを見廻して、卓の上にゆうべから開けたままになっている、厚い、仮綴の洋書に目を着けた。傍には幅の広い篦のような形をした、鼈甲の紙切小刀が置いてある。「又何か大きな物にかじり附いているね・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・ちょうど三週間ばかり前からあなたわたくしを附け廻していらっしゃったのです。それでいてわたくしに何もおっしゃるのではございません。ただ黙って妙な顔をしてわたくしを困らせていらっしゃいましたの。顔ばかりではございませんの。妙な為打をなさるのです・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「辻馬車」
・・・郊外電車の改札口で、乗客をほったらかし、鋏をかちかち鳴らしながら同僚を追っ馳け廻している切符きり、と云った青年であった。「お話をきくと毎日が大変らしいようですね。」 先ずそんなことから梶は云った。栖方は黙ったまま笑った。ぱッと音立て・・・ 横光利一 「微笑」
・・・わたくしの約束した女房を附け廻していた船乗でした。」「そのお上さんになるはずの女はどうなったかね。」 エルリングは異様な手附きをして窓を指さした。その背後は海である。「行ってしまったのです。移住したのです。行方不明です。」「それ・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
出典:青空文庫