・・・ようやく埒外に出れば、それからは流れに従って行くのであるが、先の日に石や土俵を積んで防禦した、その石や土俵が道中に散乱してあるから、水中に牛も躓く人も躓く。 わが財産が牛であっても、この困難は容易なものでないにと思うと、臨時に頼まれてし・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・濃い桜の葉の蔭には土俵が出来て、そこで無邪気な相撲の声が起る。この山の上へ来て二度七月をする高瀬には、学校の窓から見える谷や岡が余程親しいものと成って来た。その田圃側は、高瀬が行っては草を藉き、土の臭気を嗅ぎ、百姓の仕事を眺め、畠の中で吸う・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・観客のどよみも同じく空間を描き出す効果があるのみならず、その音の強弱緩急の波のうち方で土俵の上の活劇の進行の模様が相撲に不案内なわれわれにもよくわかるような気がする。それでこの放送では、むしろ観客群集のほうが精神的に主要な放送者であって、ア・・・ 寺田寅彦 「相撲」
・・・それは昔この道路の水準がずっと低かった頃に砂利をつめた土俵を並べて飛石代りにしてあった、それをそのまま後に土で埋めて道路面を上げたのであるが、砂利が周囲の湿気を吸収するために、その上に当るところだけ余計に乾燥して白く見えるとの事であった。し・・・ 寺田寅彦 「追憶の冬夜」
・・・「もう一ぺんやりましょう。ハッハハ。よっしょ。そら。ハッハハ。」かえるは又投げつけられました。するとかえるは大へんあわててふところから塩のふくろを出して云いました。「土俵へ塩をまかなくちゃだめだ。そら。シュウ。」塩がまかれました。・・・ 宮沢賢治 「蜘蛛となめくじと狸」
・・・それは、負けても賞金の貰える勝負に限って、すがめの男が幾度となく相手関わず飛び出して忽ち誰にも棹のように倒されながら、なお真面目にまたすがめをしながら土俵を下って来る処であった。彼は安次だ。安次は両親と僅に残された家産を失くすると、間もなく・・・ 横光利一 「南北」
出典:青空文庫