・・・が、僕は西川には何も報いることはできなかった。もし何か報いたとすれば、それはただ足がらをすくって西川を泣かせたことだけであろう。 僕はまた西川といっしょに夏休みなどには旅行した。西川は僕よりも裕福だったらしい。しかし僕らは大旅行をしても・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・小娘は、恐らくはこれから奉公先へ赴こうとしている小娘は、その懐に蔵していた幾顆の蜜柑を窓から投げて、わざわざ踏切りまで見送りに来た弟たちの労に報いたのである。 暮色を帯びた町はずれの踏切りと、小鳥のように声を挙げた三人の子供たちと、そう・・・ 芥川竜之介 「蜜柑」
・・・十六の歳から神の子基督の婢女として生き通そうと誓った、その神聖な誓言を忘れた報いに地獄に落ちるのに何の不思議がある。それは覚悟しなければならぬ。それにしても聖処女によって世に降誕した神の子基督の御顔を、金輪際拝し得られぬ苦しみは忍びようがな・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・先刻も先刻、今も今、優しいこと、嬉しいこと、可愛いことを聞くにつけ、云おう云おうと胸を衝くのは、罪も報いも無いものを背後からだまし打に、岩か玄翁でその身体を打砕くような思いがして、俺は冷汗に血が交った。な、こんな思をするんだもの、よくせきな・・・ 泉鏡花 「湯島の境内」
・・・ 沼南の五十年の政治家生活が終に台閣の椅子を酬いられなかったのは沼南の志が世俗の権勢でなかったからばかりではない。アレだけの長い閲歴と、相当の識見を擁しながら次第に政友と離れて孤立し、頼みになる腹心も門下生もなく、末路寂寞として僅に廓清・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・、是れ約束である、現世に於ける貧は来世に於ける富を以て報いらるべしとのことである。 哀む者は福なり、其故如何? 将さに現われんとする天国に於て其人は安慰を得べければ也とのことである。 柔和なる者は福なり、其人はキリストが再び世に臨り・・・ 内村鑑三 「聖書の読方」
・・・それはどの恋愛でも傷けられると、恋愛の神が侮辱せられて、その報いに犠牲を求めるからでございます。決闘の結果は予期とは相違していましたが、兎に角わたくしは自分の恋愛を相手に渡すのに、身を屈めて、余儀なくせられて渡すのではなく、名誉を以て渡そう・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・けれど、私は、そうした金殿玉楼に住んで、人生の欲望に満足し、また自分の善いことをした行為が酬いられて栄達を遂げたような童話を書こうとは思わないのであります。なぜなら、人間の本当の幸福は、そうしたところにあるのでなく、たとえそれが童話であると・・・ 小川未明 「童話を書く時の心」
一 ざまあ見ろ。 可哀相に到頭落ちぶれてしまったね。報いが来たんだよ。良い気味だ。 この寒空に縮の単衣をそれも念入りに二枚も着込んで、……二円貸してくれ。見れば、お前じゃないか。……声まで顫えて・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・ これで永年の自分の主義も少しは報いられたというものだ、これからはもう自分の天下だ、弟子もふえるだろう、いや門前市をなすかも知れないと、彼は喜んだ。 ところがそのコンクールはかえって「津路の稽古はきびし過ぎる、あんな稽古をやられては・・・ 織田作之助 「道なき道」
出典:青空文庫