・・・右往も左往も出来ない窮極の場所に坐って、私たちは、その事に努めていた筈である。それを続けて行くより他は無い。持物は、神から貰った鳥籠一つだけである。つねに、それだけである。 大君の辺にこそ、とは日本のひと全部の、ひそかな祈願の筈である。・・・ 太宰治 「一燈」
・・・生れた場所は南ドイツでドナウの流れに沿うた小都市ウルムである。今のドイツで一番高いゴチックの寺塔のあるという外には格別世界に誇るべき何物をも有たないらしいこの市名は偶然にこの科学者の出現と結び付けられる事になった。この土地における彼の幼年時・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・私はしばらく大阪の町の煤煙を浴びつつ、落ち着きのない日を送っていたが、京都を初めとして附近の名勝で、かねがね行ってみたいと思っていた場所を三四箇所見舞って、どこでも期待したほどの興趣の得られなかったのに、気持を悪くしていた。古い都の京では、・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・一たん浮いてしまったら、土地の勢力と妥協でもしないかぎり、もうからだの置き場所がなくなるのであった。 ガリ、ガリ、ガリッ……。とたんに三吉はせんをほうりだして、家の中にとびこむ。家の前の道を、パッと陽の光りをはじけかしてクリーム色のパラ・・・ 徳永直 「白い道」
・・・らしい周囲の中に聞き味おうとすればやはりこの辺の特種な限られた場所を択ばなければならない。 自分は折々天下堂の三階の屋根裏に上って都会の眺望を楽しんだ。山崎洋服店の裁縫師でもなく、天賞堂の店員でもないわれわれが、銀座界隈の鳥瞰図を楽・・・ 永井荷風 「銀座」
・・・博士が忽然と著名になったのは、今までまるで人の眼に触れないで経過した科学界という暗黒な人世の象面に、一点急に輝やく場所が出来たと同じ事である。其所が明るくなったのは仕合せである。しかし其所だけが明るくなったのは不都合である。 一般の社会・・・ 夏目漱石 「学者と名誉」
・・・故に世界的世界形成主義に於ては、各の個人は、唯一なる歴史的場所、時に於て、自己の使命と責務とを有するのである。日本人は、日本人として、此の日本歴史的現実に於て、即ち今日の時局に於て、唯一なる自己の道徳的使命と責務とを有するのである。 民・・・ 西田幾多郎 「世界新秩序の原理」
・・・―― 私は又、例の場所へ吸いつけられた。それは同じ夜の真夜中であった。 鉄のボートで出来た門は閉っていた。それは然し押せばすぐ開いた。私は階段を昇った。扉へ手をかけた。そして引いた。が開かなかった。畜生! 慌てちゃった。こっちへ開い・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・きまって出ている場所と、きまってくれるお得意とがなけりゃあ、この商売は駄目だ。どうせ貧乏人は皆くたばるのだ。皆そう云っていらあ。ひどい奴等だよ、金持と云う奴等は。」「なぜぬすっとをしない。」爺いさんが荒々しい声で云った。 この詞は一・・・ 著:ブウテフレデリック 訳:森鴎外 「橋の下」
・・・されば男女の智愚は事柄に由て異なり、場所に由て異なり、即ち家の内事と戸外の事と其働く処に随て趣を異にするのみのことなれば、苟も其人を教えて事に慣れしむるときは、天性の許す限り男子にして女子の事を執る可く、女子にして男子の業を成す可し。其例証・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
出典:青空文庫