・・・私は何かの道中記の挿絵に、土手の薄に野茨の実がこぼれた中に、折敷に栗を塩尻に積んで三つばかり。細竹に筒をさして、四もんと、四つ、銭の形を描き入れて、傍に草鞋まで並べた、山路の景色を思出した。 二「この蕈は何と言い・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・御存じの通り、この線の汽車は塩尻から分岐点で、東京から上松へ行くものが松本で泊まったのは妙である。もっとも、松本へ用があって立ち寄ったのだと言えば、それまででざっと済む。が、それだと、しめくくりが緩んでちと辻褄が合わない。何も穿鑿をするので・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・昭和九年九月二十九日の早朝新宿駅中央線プラットフォームへ行って汽車を待っていると、湿っぽい朝風が薄い霧を含んでうそ寒く、行先の天気が気遣われたが、塩尻まで来るととうとう小雨になった。松本から島々までの電車でも時々降るかと思うとまた霽れたりし・・・ 寺田寅彦 「雨の上高地」
・・・去年の秋の所見によると塩尻から辰野へ越える渓谷の両側のところどころに樹木が算を乱して倒れあるいは折れ摧けていた。これは伊那盆地から松本平へ吹き抜ける風の流線がこの谷に集約され、従って異常な高速度を生じたためと思われた。こんな谷の斜面の突端に・・・ 寺田寅彦 「颱風雑俎」
出典:青空文庫