・・・療養院にも七年の風雨が見舞っていて、純白のペンキの塗られていた離宮のような鉄の門は鼠いろに変色し、七年間、私の眼にいよいよ鮮明にしみついていた屋根の瓦の燃えるような青さも、まだらに白く禿げて、ところどころを黒い日本瓦で修繕され、きたならしく・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・十年間、倉庫に寝かせたままで置いているうちに、布地が奇怪に変色している。謂わば、羊羹色である。薄赤い縦横の縞は、不潔な渋柿色を呈して老婆の着物のようである。私は今更ながら、その着物の奇怪さに呆れて顔をそむけた。 ことしの秋、私は必ずその・・・ 太宰治 「服装に就いて」
・・・オリジナルは児童用の粗末な藁紙ノートブックに当時丸善で売っていた舶来の青黒インキで書いたものだそうであるが、それが変色してセピアがかった墨色になっている。その原稿と色や感じのよく似た雁皮鳥の子紙に印刷したものを一枚一枚左側ページに貼付してそ・・・ 寺田寅彦 「小泉八雲秘稿画本「妖魔詩話」」
・・・こう変色するのが当り前だと心得ているのは無論である。ただ不思議がるのは当の虫ではなくて、虫の研究者である、動物学者である。 マードック先生のわれら日本人に対する態度はあたかも動物学者が突然青く変化した虫に対すると同様の驚嘆である。維新前・・・ 夏目漱石 「マードック先生の『日本歴史』」
・・・室の中が真黒に一面に燻るときや、窓と戸の障子の隙間から寒い風が遠慮なく這込んで股から腰のあたりがたまらなく冷たい時や、板張の椅子が堅くって疝気持の尻のように痛くなるときや、自分の着ている着物がぜんぜん変色して来るにつれて自分がだんだん下落す・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・それは真先ので、次の船の帆は、オリーヴ色に変色した。最後に来る一つは濡れて光る鼠色の布地を帆に張りあげているようだ。 他に船はない。 その三艘だけが、雲のために黝み始めた海上を、暗紅色の帆、オリーヴ色の帆、濡れた鼠の帆と連なって、進・・・ 宮本百合子 「帆」
出典:青空文庫