・・・その婦女子をだます手も、色々ありまして、或いは謹厳を装い、或いは美貌をほのめかし、あるいは名門の出だと偽り、或いはろくでもない学識を総ざらいにひけらかし、或いは我が家の不幸を恥も外聞も無く発表し、以て婦人のシンパシーを買わんとする意図明々白・・・ 太宰治 「小説の面白さ」
・・・君たちは、どうしてそんなに、恥も外聞もなく、ただ、ものをほしがるのだろう。 文学に於て、最も大事なものは、「心づくし」というものである。「心づくし」といっても君たちにはわからないかも知れぬ。しかし、「親切」といってしまえば、身もふたも無・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・うちで使っていた色の黒い料理人と通じて、外聞が悪くなって自殺したのだ。だから、妹の菊代の本当の父は、どっちだかわからない。それで僕のうちでは、旅館をやめて、この土地を引払い青森へ行き、僕が青森の師範学校へはいるようになったら、こんどは、父は・・・ 太宰治 「春の枯葉」
・・・ただあまりに安価で外聞の悪い意地のきたない原動力ではないかと言われればそのとおりである。しかしこういうものもあってもいいかもしれないというまでなのである。 宗教は往々人を酩酊させ官能と理性を麻痺させる点で酒に似ている。そうして、コーヒー・・・ 寺田寅彦 「コーヒー哲学序説」
・・・と、小万は仰山らしく西宮へ膝を向け、「さアお言いなさい。外聞の悪いことをお言いなさんなよ」「小万さん、お前も酔ッておやりよ。私ゃ管でも巻かないじゃアやるせがないよ。ねえ兄さん」と、吉里は平田をじろりと見て、西宮の手をしかと握り、「ねえ、・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・金の魚虎は墺国の博覧会に舁つぎ出したれども、自国の金星の日食に、一人の天文学者なしとは不外聞ならずや。 また、外国の交際においても、字義を広くしてこれを論ずれば、霞が関の外務省のみをもって交際の場所と思うべからず。ひとたび国を開きてより・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・は内行に頓着せずして家事を軽んじ、あるいは妻妾一処に居て甚だ不都合なれども、内君は貞実にして主公は公平、妾もまた至極柔順なる者にして、かつて家に風波を生じたることなしなどいう者あれども、これはただ外見外聞の噂のみ。即ちその風波の生ぜざるは、・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・是非死ぬとなりャ遺言もしたいし辞世の一つも残さなけりャ外聞が悪いし……………ヤア何だか次の間に大勢よって騒いで居るナ「ビョウキキトク」なんていう電報を掛けるとか何とかいってるのだろう。ナニ耳のそばで誰やら話ししかけるようだ、何かいう事ないか・・・ 正岡子規 「墓」
・・・ 税と云えば、東芝のような大企業が、所得税の滞納のため財産の一部を公売にふされた。外聞がわるそうな公売で、東芝の生産した不合格品のストックや、会社として負担になっていたけれども潰してしまえなかった下請け工場の整理が出来て――労働者をクビ・・・ 宮本百合子 「正義の花の環」
・・・の一郎が妻の心の本体をわがものとして知りたいと焦慮する苦しみは、見栄も外聞も失った恐ろしい感情の真摯さで現われていると思う。「女は腕力に訴える男より遙に残酷なものだよ」「どんな人の所へ行こうと、嫁に行けば、女は夫のために邪になるのだ」という・・・ 宮本百合子 「漱石の「行人」について」
出典:青空文庫