・・・感覚的な外観の底にかくれた不可達の生命をつかもうとする熱望衝動が同じ方向に動こうとする吾々の心にもいくぶんかの運動量を附与しないだろうか。無論私は作家自身の心のアスピレーションと作品の上に現れたそれとを混同していない積りである。努力だけを買・・・ 寺田寅彦 「帝展を見ざるの記」
・・・その外観察の結果を整理する技倆も養い、正直に事実を記録する癖をつける事やこのような一般的の効果がなかなか重要なものであろう。 物理実験を生徒に示すのは手品を見せるのではない。手際よくやって驚かす性質のものではなく、むしろ如何にすれば成功・・・ 寺田寅彦 「物理学実験の教授について」
・・・句の外観上の表面に現われた甲の曲線から乙の曲線に移る間に通過するその径路は、実は幾段にも重畳した多様な層の間にほとんど無限に多義的な曲線を描く可能性をもっているのである。そうして連句というものの独自なおもしろみはまさにこの複雑な自由さにかか・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・然らばこの問題を逆にして試に東京の外観が遠からずして全く改革された暁には、如何なる方面、如何なる隠れた処に、旧日本の旧態が残されるかを想像して見るのも、皮肉な観察者には興味のないことではあるまい。実例は帝国劇場の建築だけが純西洋風に出来上り・・・ 永井荷風 「銀座」
・・・派な貸家の二階で、勧工場式の椅子テーブルの小道具よろしく、女子大学出身の細君が鼠色になったパクパクな足袋をはいて、夫の不品行を責め罵るなぞはちょっと輸入的ノラらしくて面白いかも知れぬが、しかし見た処の外観からして如何にも真底からノラらしい深・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・ 災後、東京の都市は忽ち復興して、その外観は一変した。セメントの新道路を逍遥して新しき時代の深川を見る時、おくれ走せながら、わたくしもまた旧時代の審美観から蝉脱すべき時の来った事を悟らなければならないような心持もするのである。 木場・・・ 永井荷風 「深川の散歩」
・・・そして一刻一刻、時間の進むごとに、われらの祖国をしてアングロサキソン人種の殖民地であるような外観を呈せしめる。古くして美しきものは見る見る滅びて行き新しくして好きものはいまだその芽を吹くに至らない。丁度焼跡の荒地に建つ仮小屋の間を彷徨うよう・・・ 永井荷風 「霊廟」
・・・お前の逞しい胸、牛でさえ引き裂く、その広い肩、その外観によって、内部にあるお前自身の病毒は完全に蔽いかくされている。 お前が夜更けて、独りその内身の病毒、骨がらみの梅毒について、治療法を考え、膏薬を張り、神々を祈願し、嘆いていることは、・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・この一点より考うれば、外国人の見る目如何などとて、その来訪のときに家内の体裁を取り繕い、あるいは外にして都鄙の外観を飾り、または交際の法に華美を装うが如き、誠に無益の沙汰にして、軽侮を来す所以の大本をば擱き、徒に末に走りて労するものというべ・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・球の高く揚るは外観美なれども攫まれやすし。走者は身軽にいでたち、敵の手の下をくぐりて基に達すること必要なり。危険なる場合には基に達する二間ばかり前より身を倒して辷りこむこともあるべし。この他特別なる場合における規定は一々これを列挙せざるべし・・・ 正岡子規 「ベースボール」
出典:青空文庫