・・・同時にまた静かに群がっていた鳩は夥しい羽音を立てながら、大まわりに中ぞらへ舞い上った。それから――それからは未曾有の激戦である。硝煙は見る見る山をなし、敵の砲弾は雨のように彼等のまわりへ爆発した。しかし味かたは勇敢にじりじり敵陣へ肉薄した。・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・ ですから車に一ぱいにあった、あの夥しい黄金も、又三年ばかり経つ内には、すっかりなくなってしまいました。 三「お前は何を考えているのだ」 片目眇の老人は、三度杜子春の前へ来て、同じことを問いかけました。勿論彼・・・ 芥川竜之介 「杜子春」
・・・の著者が挙げて居りますH某と云う科学者で芸術家だった男が、千七百九十二年三月十二日の夜、その叔父の二重人格を見たと云う実例などを数えましたら、恐らくそれは、夥しい数に上る事でございましょう。 私はさし当り、これ以上実例を列挙して、貴重な・・・ 芥川竜之介 「二つの手紙」
・・・灯の影には何が映るとお思いなさる、……気になること夥しい。 ――消さないかい―― ――堪忍して―― 是非と言えば、さめざめと、名の白露が姿を散らして消えるばかりに泣きますが。推量して下さいまし、愛想尽しと思うがままよ、鬼だか蛇だ・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・ 下闇ながら――こっちももう、僅かの処だけれど、赤い猿が夥しいので、人恋しい。 で透かして見ると、判然とよく分った。 それも夢かな、源助、暗いのに。―― 裸体に赤合羽を着た、大きな坊主だ。」「へい。」と源助は声を詰めた。・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・……これだと、ちょっと歩行いただけで甲武線は東京の大中央を突抜けて、一息に品川へ…… が、それは段取だけの事サ、時間が時間だし、雨は降る……ここも出入がさぞ籠むだろう、と思ったより夥しい混雑で、ただ停車場などと、宿場がって済してはおられ・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・古色の夥しい青銅の竜が蟠って、井桁に蓋をしておりまして、金網を張り、みだりに近づいてはなりませぬが、霊沢金水と申して、これがためにこの市の名が起りましたと申します。これが奥の院と申す事で、ええ、貴方様が御意の浦安神社は、その前殿と申す事でご・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・私も、その日ほど夥しいのは始めてだったけれど、赤蜻蛉の群の一日都会に漲るのは、秋、おなじ頃、ほとんど毎年と云ってもいい。子供のうちから大好きなんだけれど、これに気のついたのは、――うっかりじゃないか――この八九年以来なんだが、月はかわりませ・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・ 昨夜からの様子で冷遇は覚悟していても、さすが手持無沙汰な事夥しい、予も此年をしてこんな経験は初めてであるから、まごつかざるを得ない訳だ。漸く細君が朝飯を運んでくれたが、お鉢という物の上に、平べったいしおぜのお膳、其に一切を乗せ来って、・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・全世界を通じてキリスト教徒の数は夥しい。若しこれらの信者が、本当に正義の観念に燃え、真理のために尽していたなら、今度の欧洲戦争の如きも未然に防ぐことが出来たであろう。またロシアの饑饉に対し、オーストリー・ハンガリーの饑饉に対し、若しくは戦後・・・ 小川未明 「反キリスト教運動」
出典:青空文庫