・・・切らし私念願かな町のお稲荷様の御利生にて御得意旦那のお子さまがた疱瘡はしかの軽々焼と御評判よろしこの度再板達磨の絵袋入あひかはらず御風味被成下候様奉希候以上 以上の文句の通りに軽々と疱瘡痲疹の大厄を済まして芥子ほどの痘痕さえ残らぬよ・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ 五月八日 明くれば十月二十五日自分に取って大厄日。 自分は朝起きて、日曜日のことゆえ朝食も急がず、小児を抱て庭に出で、其処らをぶらぶら散歩しながら考えた、帯の事を自分から言い出して止めようかと。 然し止めてみたところで別に・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・おまけに十九の大厄だと言う。美代が宿入りの夜など、木枯らしの音にまじる隣室のさびしい寝息を聞きながら机の前にすわって、ランプを見つめたまま、長い息をすることもあった。妻は医者の間に合いの気休めをすっかり信じて、全く一時的な気管の出血であった・・・ 寺田寅彦 「どんぐり」
・・・三十三が女の大厄と昔のひとの云ったのは、案外そこいらの機微にふれているのかとも思う。 昔の生活の輪は女にとってきびしくとも小さかったから、その頃の三十三の女のひとたちは、自分の身一つの厄除けを家運長久とともに、神へでも願をかけ、何かの禁・・・ 宮本百合子 「小鈴」
出典:青空文庫