・・・まあ大変に窶れているじゃあないか。そんなになったからには息張っていては行けないよ。息張るの高慢ぶるのという事は、わたしなんぞはとっくに忘れてしまったのだ。世に人鬼は無いものだ。つい構わずにどの内へでも這入って御覧よ。」 老人はそこの家の・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・官省、学校、病院、会社、銀行、大商店、寺院、劇場なぞ、焼失したすべてを数え上げれば大変です。中でも五〇万冊の本をすっかり焼いた帝国大学図書館以下、いろいろの官署や個人が二つとない貴重な文書なぞをすっかり焼いたのは何と言っても残念です。大学図・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・なんでもお前さんを敵にすると大変だと思ったので、わたし友達になったのよ。でもどうも仲がしっくり行かなかったのね。お前さんが内へ来ると、あの人がなんだか困ったような様子をするじゃないか。それがまた気になってね。なんだかこう着物のしたてが悪くっ・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:森鴎外 「一人舞台」
・・・スバーの母は、大変な心遣いで娘に身なりを飾らせました。髪の毛をレースのように編んで畳み込み、体の彼方此方に飾りを下げ、スバーの自然の美しさを代なしにするに一生懸命になりました。 スバーの眼は、もう涙で一杯です。泣いて瞼が腫れると大変だと・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・まで見た事も無い奇妙な形の化石が出まして、或るそそっかしい学者が、これこそは人間の骨だ、人間は昔、こんな醜い姿をして這って歩いていたのだ、恥を知れ、などと言って学界の紳士たちをおどかしたので、その石は大変有名になりまして、貴婦人はこれを憎み・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・ 「それア困ったナ、脚気では衝心でもすると大変だ。どこまで行くんだ」 「隊が鞍山站の向こうにいるだろうと思うんです」 「だって、今日そこまで行けはせん」 「はア」 「まア、新台子まで行くさ。そこに兵站部があるから行って医・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・この脚下の一と山だけのものをでも、人工で築き上げるのは大変である。一つ一つの石塊を切り出し、運搬し、そうしてかつぎ上げるのは容易でない。しかし噴火口から流れ出した熔岩は、重力という「鬼」の力で押されて山腹を下り、その余力のほんのわずかな剰余・・・ 寺田寅彦 「浅間山麓より」
・・・さア大変秋山を殺すなという騒ぎになって、××じゃ将校連が集って、急いで人名簿を調べる。そうして水練の上手な兵士を三十人選抜して、秋山大尉を捜させようと云うんだ。その人選のなかへ、私のとこの忰も入ったのさね。」 吉兵衛さんの顔が、紅く火照・・・ 徳田秋声 「躯」
・・・「あら奥様、奥様、大変ですよう――」 そのときになって勝手口からとびだしてきた女中さんが、苦もなく犬の首輪をつかんで引き離しながら、奥の方へむかって叫んでいるのであった。「こんにゃく屋がお菜園をメチャメチャにしてしまいましたわ」・・・ 徳永直 「こんにゃく売り」
・・・して居て、或夜、衣類を脊負い、男女手を取って、裏門の板塀を越して馳落ちしようとした処を、書生の田崎が見付けて取押えたので、お玉は住吉町の親元へ帰されると云う大騒ぎだけは、何の事か解らずなりに、然し私は大変な事だと感じた。お玉が泣きながら、白・・・ 永井荷風 「狐」
出典:青空文庫