・・・「こりゃ、もしかしたら大物になるかも知れないぞ」 と彼は思った。すると、元来熱狂し易い彼は、寿子を大物にするために、すべてを犠牲にしようと思った。 彼はヴァイオリン弾きとしての自分の恵まれぬ境遇を振りかえってみた。そして、自分の・・・ 織田作之助 「道なき道」
・・・でまあ、このうちで勝負をするという奴は蕭伯の、大物という順序から一本一本出して行った。「周文ですかな……」ちょっと展げて見たばかしで、おやおやと言った顔して、傍に畏まっている弟子の方へ押してやる。弟子は叮嚀に巻いて紐を結ぶ。 中には・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・ 所謂「大物」と言われていた人たちは、たいていまともな人間だった。しかし、小物には閉口であった。ほらばかり吹いて、そうして、やたらに人を攻撃して凄がっていた。 人をだまして、そうしてそれを「戦略」と称していた。 プロレタリヤ文学・・・ 太宰治 「苦悩の年鑑」
・・・世では、メリメ、モオパスサン、ドオデエ、チェホフなんて、まあいろいろあるだろうが、日本では殊にこの技術が昔から発達していた国で、何々物語というもののほとんど全部がそれであったし、また近世では西鶴なんて大物も出て、明治では鴎外がうまかったし、・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・私は、サタンほどの大物でなかった。 ほっと安堵の吐息をもらした途端に、またもや別の変な不安が湧いて出た。なぜ伊村君は、私をサタンだなんて言ったのだろう。まさか私がたいへん善人であるという事を言おうとして、「あなたはサタンだ」なんて言い出・・・ 太宰治 「誰」
・・・この人は、大物であった。勝治は、その受験勉強の期間中、仮にT大学の予科に籍を置いていたが、風間七郎は、そのT大学の予科の謂わば主であった。年齢もかれこれ三十歳に近い。背広を着ていることの方が多かった。額の狭い、眼のくぼんだ、口の大きい、いか・・・ 太宰治 「花火」
・・・あいつは、まだまだ、大物になれる。しめたものさ。なにせ、あいつは、こわいものを知らない女ですからな。」「あなたは、毎日、見に来ているの?」「そうさ。」青年の無表情な質問に、助七は、むっとしたらしく、語調を変えた。「おれは、てれ隠しに・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・何を修行したかは知らなかったけれど、何かしら大物になったらしいということにだけは感づいた。逸平はまえからのたくらみを実行した。次郎兵衛に火消し頭の名誉職を受けつがせたのである。次郎兵衛はそのなんだか訳のわからぬ重々しげなものごしによって多く・・・ 太宰治 「ロマネスク」
・・・日本武尊東征の途中の遭難とか、義経の大物浦の物語とかは果して颱風であったかどうか分らないから別として、日本書紀時代における遣唐使がしばしば颱風のために苦しめられたのは事実であるらしい。斉明天皇の御代に二艘の船に分乗して出掛けた一行が暴風に遭・・・ 寺田寅彦 「颱風雑俎」
・・・しかしメストロウィークを崩したような大物になると、どうにも自分などのようなものの好意の圏外に飛出してしまう。 美術院はほとんど素通りした。どちらを見ても近寄ってよく見ようというような誘惑を感じるものはほとんどなかった。絵でも人間でも一と・・・ 寺田寅彦 「二科展院展急行瞥見記」
出典:青空文庫