・・・今日は気も晴々として、散歩には誂え向きというよい天気ですなア。お父様は先刻どこへかお出かけでしたな。といつもの調子軽し。 ですが親父が帰って来て案じるといけませんから、あまり遠くへは出られませぬ。と光代は浮足。なに、お部屋からそこらはど・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・ 二 この日は近ごろ珍しいいい天気であったが、次の日は梅雨前のこととて、朝から空模様怪しく、午後はじめじめ降りだした。普通の人ならせっかくの日曜をめちゃめちゃにしてしまったと不平を並べるところだが、時田先生、全く・・・ 国木田独歩 「郊外」
・・・ 晴れ上がった良い天気だった。 トロッコのレールが縦横に敷かさっている薄暗い一見地下室らしく見えるところを通って、階段を上ると、広い事務所に出た。そこで私の両側についてきた特高が引き継ぎをやった。「君は秋田の生れだと云ったな。僕・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・の格をもってむずかしいところへ理をつけたも実は敵を木戸近く引き入れさんざんじらしぬいた上のにわかの首尾千破屋を学んだ秋子の流眄に俊雄はすこぶる勢いを得、宇宙広しといえども間違いッこのないものはわが恋と天気予報の「ところにより雨」悦気面に満ち・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・丁度自分の休暇に当ったので、事務の引続を当番の同僚に頼むつもりで書いて置いた気圧の表を念の為に読んで見た。天気、晴。気温、上昇。雲形、層、層積、巻層、巻積。よし。それで自分は小高い山の上にある長野の測候所を出た。善光寺から七八町向うの質屋の・・・ 島崎藤村 「朝飯」
・・・少年は上京して大学へはいり、けれども学校の講義には、一度も出席せず、雨の日も、お天気の日も、色のさめたレインコオト着て、ゴム長靴はいて、何やら街頭をうろうろしていました。お洒落の暗黒時代が、それから永いことつづきました。そうして、間もなく少・・・ 太宰治 「おしゃれ童子」
・・・ 家の南側に、釣瓶を伏せた井戸があるが、十時ころになると、天気さえよければ、細君はそこに盥を持ち出して、しきりに洗濯をやる。着物を洗う水の音がざぶざぶとのどかに聞こえて、隣の白蓮の美しく春の日に光るのが、なんとも言えぬ平和な趣をあたりに・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・昭和九年九月二十九日の早朝新宿駅中央線プラットフォームへ行って汽車を待っていると、湿っぽい朝風が薄い霧を含んでうそ寒く、行先の天気が気遣われたが、塩尻まで来るととうとう小雨になった。松本から島々までの電車でも時々降るかと思うとまた霽れたりし・・・ 寺田寅彦 「雨の上高地」
・・・ もうすぐ夏になる頃の、天気のいい日曜日だった。私は朝からこんにゃく桶をかついで、いつものように屋敷の多い住宅地を売ってあるいていたが、あるお邸で、たいへんなしくじりをやってしまった。 そのお邸は石垣のうえにある高台の家で、十ばかり・・・ 徳永直 「こんにゃく売り」
・・・あれは遠い丸の内、それでも天気のいい時には吃驚りするほど座敷の障子を揺る事さえある、されば、すぐ崖下に狐を打殺す銃声は、如何に強く耳を貫くであろう。家中の女共も同じ事、誰れか狐に喰いつかれはしまいか。お狐様は家の中まで荒れ込んで来はしまいか・・・ 永井荷風 「狐」
出典:青空文庫