・・・ 城でのそれを憶い出しながら、彼は家へ帰って来た。家の近くまで来ると、隣家の人が峻の顔を見た。そして慌てたように「帰っておいでなしたぞな」と家へ言い入れた。 奇術が何とか座にかかっているのを見にゆこうかと言っていたのを、峻がぽっ・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・つまり読者の錯覚、認識不足を利用して読者を魅了すればよいので、この点奇術や魔術と同様である。そういうものになると探偵小説はほんとうの「実験文学」とは違った一つの別派を形成するとも言われるであろう。そういうこしらえ物でなくて、実際にあった事件・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・そういう意味ではそのころに見た松旭斎天一の西洋奇術もまた同様な効果があったかもしれないのである。ジュール・ヴェルヌの「海底旅行」はこれに反して現実の世界における自然力の利用がいかに驚くべき可能性をもっているかを暗示するものであった。それから・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・何も日本固有の奇術が現に伝っているのに、一も西洋二も西洋と騒がんでもの事でげしょう。今の日本人はちと狸を軽蔑し過ぎるように思われやすからちょっと全国の狸共に代って拙から諸君に反省を希望して置きやしょう」「いやに理窟を云う狸だぜ」と源さん・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・しかもその俗語の俗ならずしてかえって活動する、腐草螢と化し淤泥蓮を生ずるの趣あるを見ては誰かその奇術に驚かざらん。出る杭を打たうとしたりや柳かな酒を煮る家の女房ちょとほれた絵団扇のそれも清十郎にお夏かな蚊帳の内に螢放して・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・ おきなぐさはその変幻の光の奇術の中で夢よりもしずかに話しました。「ねえ、雲がまたお日さんにかかるよ。そら向こうの畑がもう陰になった」「走って来る、早いねえ、もうから松も暗くなった。もう越えた」「来た、来た。おおくらい。急に・・・ 宮沢賢治 「おきなぐさ」
・・・「それはばけもの奇術でございましょう。ばけもの奇術師が、よく十二三位までの女の子を、変身術だと申して、ええこんどは犬の形、ええ今度は兎の形などと、ばけものをしんこ細工のように延ばしたり円めたり、耳を附けたり又とったり致すのをよく見受けま・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・がごちゃごちゃになって多くの評論家は現実評価のよりどころを失ったとともに自分の身ぶり、スタイル、ものの云いまわしというようなところで読者をとらえてゆく術に長けて来ているため、読者の感覚が、現実と論理の奇術は行わない本筋の評論の骨格になじみに・・・ 宮本百合子 「作家に語りかける言葉」
出典:青空文庫