・・・ 白城の城主狼のルーファスと夜鴉の城主とは二十年来の好みで家の子郎党の末に至るまで互に往き来せぬは稀な位打ち解けた間柄であった。確執の起ったのは去年の春の初からである。源因は私ならぬ政治上の紛議の果とも云い、あるは鷹狩の帰りに獲物争いの・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・なぜといつて私の所有にかかはるところの油画は、それが他人の描いたものであるにかかはらず、私自身の好みによつて、勝手に自由にその額縁を選定し、よつて以て私自身の解釈による芸術を眺めることができるからだ。 思へ一つの同じ音楽、同じ叙情詩、同・・・ 萩原朔太郎 「装幀の意義」
・・・きっと、ソ連側だからだろう、などと笑いあったが、魚にそれぞれ好みの色のあるのは疑えない。ボラなども、赤いものなら、風船でも、布でも、なんでもよい。これもエサはいらず、赤に寄って来たところを引っかけてあげるのである。ドンコ ド・・・ 火野葦平 「ゲテ魚好き」
・・・ また、血気の輩が、ただ社会の騒動を企望して変を好み、自己の利益をもかえりみずして妄に殺伐をこととするは、平安の主義にもとるが如くなれども、つまびらかにその内情を察すれば、必ず名利のためより外ならざるを発明すべし。名利とは何ぞや。他なし・・・ 福沢諭吉 「教育の目的」
・・・蕪村最も夏を好み、夏の句最も多し。その佳句もまた春夏の二季に多し。これすでに人に異なるを見る。今試みに蕪村の句をもって芭蕉の句と対照してもって蕪村がいかに積極的なるかを見ん。 四季のうち夏季は最も積極なり。ゆえに夏季の題目には積極的なる・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・私は三越でこさえた白い麻のフロックコートを着ましたが、これは勿論、私の好みで作法ではありません。けれども元来きものというものは、東洋風に寒さをしのぐという考も勿論ですが、一方また、カーライルの云う通り、装飾が第一なので結局その人にあった相当・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・ろにしたいと思って先日も探しに行ったのですが、私はどちらかというと椅子の生活が好きな方で、恰度近いところに洋館の空いているのを見つけ私の注文にはかなった訳ですが、私と一緒にいる友達は反対に極めて日本室好みで、折角説き落して洋館説に同意して貰・・・ 宮本百合子 「愛と平和を理想とする人間生活」
・・・何某の講談は塩原多助一代記の一節で、その跡に時代な好みの紅葉狩と世話に賑やかな日本一と、ここの女中達の踊が二組あった。それから饗応があった。 三間打ち抜いて、ぎっしり客を詰め込んだ宴会も、存外静かに済んで、農商務大臣、大学総長、理科大学・・・ 森鴎外 「里芋の芽と不動の目」
・・・和主は好みなさらぬか」「それ面白や。騎ろうぞや。すわやこなたへ近づくよ」 二人は馬に騎ろうと思ッて、近づく群をよく視ればこれは野馬の簇ではなくて、大変だ、敵、足利の騎馬武者だ。「はッし、ぬかッた、気がつかなかッた。馬じゃ……敵じ・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・湯は色の好みのために温かさを無視せられている。女の体には湯に温まったという感じがまるでない。白い柔らかさは抽出せられているが、中に血の通っている、しなやかな、生に張り切った実質の感じは、全然捨て去られている。全体を漠然と描いておいて、処々に・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
出典:青空文庫