・・・なおこの上に望むところは、天下の学者を撰びて、これに特別の栄誉と年金とをあたえて、その好むところの学芸を脩めしむることなり。近年、西洋において学芸の進歩はことに迅速にして、物理の発明に富むのみならず、その発明したるものを、人事の実際に施して・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・あるいは覆盆子を好む人もあり葡萄をほめる人もある。桃が上品でいいという人もあれば、林檎ほど旨いものはないという人もある。それらは十人十色であるが、誰れも嫌わぬもので最も普通なものは蜜柑である。かつ蜜柑は最も長く貯え得るものであるから、食う人・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・ 俳句に譬喩を用いるもの、俗人の好むところにしてその句多く理窟に堕ち趣味を没す。蕪村の句時に譬喩を用いるものありといえども、譬喩奇抜にして多少の雅致を具う。また支麦輩の夢寐にも知らざるところなり。独鈷鎌首水かけ論の蛙かな苗代・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・つまり友達としては向上心もあり、感受性も活溌で、幾らかはスポーティな、いってみれば手ごたえの鮮やかな女性を好む若い男たちが、いざ結婚のあいてを選ぶとなると案外そのようなタイプとは逆の、いわゆる家庭的と総称されて来ている娘たちの方を妻として安・・・ 宮本百合子 「異性の友情」
・・・私は、悠々した、相当大きい、誠実で熱烈なところのある毛の厚い犬を好む。Breed をやかましくは考えない。ありふれた、そして犬らしい犬が欲しいのであった。 ところが今日、思いがけないことが起った。午後三時頃、私は一仕事しまって、おそい昼・・・ 宮本百合子 「犬のはじまり」
・・・予は読書癖があるので、文を好む友を獲て共に語るのを楽にして居た。然るに国民之友の主筆徳富猪一郎君が予の語る所を公衆に紹介しようと思い立たれて、丁度今猪股君が予に要求せられる通りに要求せられた。これが予が個人と語ることから、公衆と語ることに転・・・ 森鴎外 「鴎外漁史とは誰ぞ」
・・・それからバクニンは、莫斯科と彼得堡との中間にある Prjamuchino で、貴家の家に生れた人で、砲兵の士官になったが、生れ附き乱を好むという質なので、間もなく軍籍を脱して、欧羅巴中を遍歴して、到る処に騒動を起させたものだ。本国でシベリア・・・ 森鴎外 「食堂」
・・・恐らく彼女らにはその最も好む美しき衣物を着る時間が、眠るとき以外にはないのであろう。 或る夜、彼女らの一人は、夜更けてから愛する男の病室へ忍び込んで発見された。その翌日、彼女は病院から解雇された。出て行くとき彼女は長い廊下を見送る看護婦・・・ 横光利一 「花園の思想」
・・・ このような淡い繊弱な画が、強烈な刺激を好む近代人の心にどうして響くか、と人は問うであろう。しかしその答えはめんどうでない。極度に敏感になった心には、微かな濃淡も強すぎるほどに響くのである、一方でワグナアの音楽が栄えながら他方でメエテル・・・ 和辻哲郎 「院展日本画所感」
・・・ 根に対する情熱を鼓吹し、その根の本能的に好むところの土壌のありかを教え、そうして幾千年来堆積している滋養分をその根に供給してやるのが教育の任務である。特に大学教育の任務である。 大学が植木鉢に堕するか否かは、人の問題であって制度の・・・ 和辻哲郎 「樹の根」
出典:青空文庫