・・・ 哲学の問題は、如何にして純粋数学、純粋物理学が可能なるかというに始まるのでもなく、単に知識がある、知識は如何にしてというに始まるのでもない。科学というも、歴史的世界において発展し来ったものである。認識論者が知るという時、既に対象認識の・・・ 西田幾多郎 「デカルト哲学について」
・・・ の初聯で始まる「寂寥」の如き詩は、その情感の深く悲痛なることに於て、他に全く類を見ないニイチェ独特の名篇である。これら僅か数篇の名詩だけでも、ニイチェは抒情詩人として一流の列に入り得るだらう。 ニイチェのショーペンハウ・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・あッちでも始まればこッちでも始まる。酉の市は明後日でござい。さア負けたア負けたア、大負けにまけたアまけたア」と、西宮は理も分らぬことを言い、わざとらしく高く笑うと、「本統に馬鹿にしていますね」と、吉里も笑いかけた。「戯言は戯言だが、さッ・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・ 明治三十六年の七月、日露戦争が始まると云うので私は日本に帰って、今の朝日新聞社に入社した。そして奉公として「其面影」や「平凡」なぞを書いて、大分また文壇に近付いては来たが、さりとて文学者に成り済ました気ではない。矢張り例の大活動、大奮・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・ 蒲団引きおうて夜伽の寒さを凌ぎたる句などこそ古人も言えれ、蒲団その物を一句に形容したる、蕪村より始まる。「頭巾眉深き」ただ七字、あやせば笑う声聞ゆ。 足袋の真結び、これをも俳句の材料にせんとは誰か思わん。我この句を見ること熟せ・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・ それから私たちは、簡単に朝飯を済まして、式が九時から始まるのでしたから、しばらくバルコンでやすんで待っていました。 不意に教会の近くから、のろしが一発昇りました。そらがまっ青に晴れて、一枚の瑠璃のように見えました。その冴みきったよ・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・ 棺前祭の始まる少し前あの妹を可愛いがって居て呉れたお敬ちゃんが来て呉れた。 涙をためて雨の中を送りたいと云う人のあるのも知らないのだろう。遺される人の心も――若し知って居るとしたらどうして斯うして冷かに安らけく横わって居る事が出来・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・見物がその芋を竿の尖に突き刺して檻の格子の前に出すと、猿の母と子との間に悲しい争奪が始まる。芋が来れば、母の乳房を銜んでいた子猿が、乳房を放して、珍らしい芋の方を取ろうとする。母猿もその芋を取ろうとする。子猿が母の腋を潜り、股を潜り、背に乗・・・ 森鴎外 「牛鍋」
・・・「しかし、君、そういうところから人間の生活は始まるのだから、あなたもそろそろ始まって来たのですよ。何んでもないのだ、それは。」「そうでしょうか。」「誰にもすがれないところへ君は出たのさ。零を見たんですよ。この通りは狸穴といって、・・・ 横光利一 「微笑」
・・・ポルトガルの航海者ヘンリーはすでに乱の始まる七年前に没していたが、しかしアフリカ回航はまだ発展していなかった。だからヨーロッパもまだそんなに先の方に進んで行っていたわけではない。むしろこれから後の一世紀の進歩が目ざましいのである。シャビエル・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫