・・・ そこで上官の方にもお目にかかって、忰の死んだ始末も会得の行くように詳しくお話し下すったんですよ。その時お目にかかって、弔みを云って下さったのが、先ず連隊長、大隊長、中隊長、小隊長と、こう皆さんが夫々叮嚀な御挨拶をなすって下さる。それで・・・ 徳田秋声 「躯」
・・・田崎が事の次第を聞付けて父に密告したので、お悦は可哀そうに、馬鹿をするにも程があるとて、厳しいお小言を頂戴した始末。私の乳母は母上と相談して、当らず触らず、出入りの魚屋「いろは」から犬を貰って飼い、猶時々は油揚をば、崖の熊笹の中へ捨てて置い・・・ 永井荷風 「狐」
・・・「それじゃあとはおらが始末すっからな」 棒をそこへ投げ棄てて二人は去った。血は麦藁の上にたれて居た。三次の手には荒繩で括った犬の死骸があった。太十はあとでぽさぽさとして居た。彼は毛皮を披いて見て居た。彼は思いついたように自分の家に走・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・我々はもっとずっと、擦れてるから始末が悪い。と云ってあすこがつまらないんじゃない。かなり面白かった。けれどもその面白味はあの初菊という女の胴や手が蛇のように三味線につれて、ひなひなするから面白かったんで、人情の発現として泣く了簡は毛頭なかっ・・・ 夏目漱石 「虚子君へ」
・・・監獄も始末がつかなくなったんだ。たしかに出さなかったことは監獄の失敗だった。そのために、あんなに騒がれても、どうもよくしないんだ。 やがて医者が来た。 監房の扉を開けた。私は飛び出してやろうかと考えたが止めた。足が工合が悪いんだ。・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・幼少の時より不整頓不始末なる家風の中に眠食し、厳父は唯厳なるのみにして能く人を叱咤しながら、其一身は則ち醜行紛々、甚だしきは同父異母の子女が一家の中に群居して朝夕その一父衆母の言語挙動を傍観すれば、父母の行う所、子供の目には左までの醜と見え・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・すると、議論じゃ一向始末におえない奴が、浅墓じゃあるが、具体的に一寸眼前に現て来ている。――私の心というものは、その女に惹き付けられた。 これが併し動機になったんだ。勢い極まって其処まで行ったんだが、……これが畢竟一転する動機となったん・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・たまに只来た奴があると石塔をころがしたりしやアがる。始末にいけない。オー寒いぞ寒いぞ。寒いッってもう粟粒の出来る皮もなしサ。身の毛がよだつという身の毛もないのだが、いわゆる骨にしみるというやつだネ。馬鹿に寒い。オヤオヤ馬鹿に寒いと思ったら、・・・ 正岡子規 「墓」
・・・ さて、むかし、とっこべとら子は大きな川の岸に住んでいて、夜、網打ちに行った人から魚を盗ったり、買物をして町から遅く帰る人から油揚げを取りかえしたり、実に始末におえないものだったそうです。 慾ふかのじいさんが、ある晩ひどく酔っぱらっ・・・ 宮沢賢治 「とっこべとら子」
・・・「勝手に始末しても悪かろうと思って――私が持って行って上げましょう」 縞の着物を着、小柄で、顔など女のように肉のついた爺は、夜具包みや、本、食品などつめた木箱を、六畳の方へ運び入れてくれた。夫婦揃ったところを見ると、陽子は微に苦笑し・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
出典:青空文庫