・・・あしたの朝の始発が出るまで、ごろ寝させて下さい。雨さえ降ってなけや、その辺の軒下にでも寝るんだが、この雨では、そうもいかねえ。たのみます」「主人もおりませんし、こんな式台でよろしかったら、どうぞ」 と私は言い、破れた座蒲団を二枚、式・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・ 始発の電車。 夜が明け、明け放れていっても、私には起きあがることができないのだ。このように、工合のわるい朝には、家人に言いつけて、コップにすこし、お酒を持って来させる。もう起きて歯をみがかなければいけないという思いは、これは、しら・・・ 太宰治 「めくら草紙」
・・・ 愈々五日の始発から総罷業と決定した前の晩、おそくなってから私は用事の帰途、早稲田車庫の前を通った。 電車が途絶えた折からで、からりとした夜の大通りの上に赤青の信号燈が閃き、普段の夜のとおり明るい事務所の内で執務している従業員の姿が・・・ 宮本百合子 「電車の見えない電車通り」
出典:青空文庫