・・・また枯れ草、莠、藁の嫌いなくそこら一面にからみついた蜘蛛の巣は風に吹き靡かされて波たッていた。 自分はたちどまった……心細くなってきた、眼に遮る物象はサッパリとはしていれど、おもしろ気もおかし気もなく、さびれはてたうちにも、どうやら間近・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・貧乏ぐらい、くそ嫌いなものはない。が、その貧乏がいつも彼等につきまとっているのだ。 これまでの県会議員や、国会議員が口先で、政策とか、なんとか、うまいことを並べても、それは、その場限りのおざなりであることを彼等は十分知りすぎている。では・・・ 黒島伝治 「選挙漫談」
・・・ 定まって晩酌を取るというのでもなく、もとより謹直倹約の主人であり、自分も夫に酒を飲まれるようなことは嫌いなのではあるが、それでも少し飲むと賑やかに機嫌好くなって、罪も無く興じる主人である。そこで、「晩には何か取りまして、ひさしぶり・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・ 小説嫌いの俺も、その言葉が面白かったので、記憶に残っていた。 その警視庁の高い足場の上で、腰に縄束をさげた労働者が働いていた……。それが小さく動いているのが見えた。 その日、予審廷の調べを終って、又自動車に乗せられると、今・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・七「困ったって、私は人の家へ往ってお辞儀をするのは嫌いだもの、高貴の人の前で口をきくのが厭だ、気が詰って厭な事だ、お大名方の御前へ出ると盃を下すったり、我儘な変なことを云うから其れが厭で、私は宅に引込んでゝ何処へも往かない、それで悪けれ・・・ 著:三遊亭円朝 校訂:鈴木行三 「梅若七兵衞」
・・・わたし鬱金香が大嫌いさ。だけれどあの人はなんにでも鬱金香を付けなくちゃあ気が済まないのだもの。(乙、目を雑誌より放し、嘲弄の色を帯びて相手を見る。甲、両手を上沓に嵌御覧よ。あの人の足はこんなに小さいのよ。そして歩き付きが意気・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:森鴎外 「一人舞台」
・・・私は、のろくさいことは嫌いで、それゆえ、のろくさい女中を殊にもいじめた。お慶は、のろくさい女中である。林檎の皮をむかせても、むきながら何を考えているのか、二度も三度も手を休めて、おい、とその度毎にきびしく声を掛けてやらないと、片手に林檎、片・・・ 太宰治 「黄金風景」
・・・数学などを指したものである。数学嫌いの生徒は日本に限らないと見えて、モスコフスキーの云うところに拠ると、かなりはしっこい頭でありながら、数学にかけてはまるで低能で、学校生活中に襲われた数学の悪夢に生涯取り付かれてうなされる人が多いらしい。こ・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・「叔父さんは海は嫌いですか」「いや、そうでもない。以前は山の方がよかったけれども、今は海が暢気でいい。だがあまり荒い浪は嫌いだね」「そうですか。私は海辺に育ちましたから浪を見るのが大好きですよ。海が荒れると、見にくるのが楽しみで・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・僕は臆病で、血を流すのが嫌いである。幸徳君らに尽く真剣に大逆を行る意志があったか、なかったか、僕は知らぬ。彼らの一人大石誠之助君がいったというごとく、今度のことは嘘から出た真で、はずみにのせられ、足もとを見る暇もなく陥穽に落ちたのか、どうか・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
出典:青空文庫