・・・ 一小間硝子を張って、小形の仏龕、塔のうつし、その祖師の像などを並べた下に、年紀はまだ若そうだが、額のぬけ上った、そして円顔で、眉の濃い、目の柔和な男が、道の向うさがりに大きな塵塚に対しつつ、口をへの字形に結んで泰然として、胡坐で細工盤に向・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・ 暫らくして、両脚を踏ンばって、剣を引きぬくと、それは、くの字形に曲っていた。 その曲ったあとがなかなかもとの通りになおらなかった。殺人をした証拠のようにいつまでも残っていた。「これからだって、この剣にかかってやられる人間がいく・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・筒井氏の調査によると、冬季降雪の多い区域が、若狭越前から、近江の北半へ突き出て、V字形をなしている。そして、その最も南の先端が、美濃、近江、伊勢三国の境のへんまで来ているのである。従って、伊吹山は、この区域の東の境の内側にはいっているが、そ・・・ 寺田寅彦 「伊吹山の句について」
・・・多くの場合に数条の並行した、引き延ばされたS字形となって現われているこの線は、鬢の下端の線などと目立った対偶をしている。そして頭部の線の集団全体を載せる台のような役目をしていると同時に、全体の支柱となるからだの鉛直線に無理なく流れ込んでいる・・・ 寺田寅彦 「浮世絵の曲線」
・・・ 第二のテーマでは鉛直な直線の断片が自身に並行にS字形の軌跡を描いて動く。トリオの部分は概して水平な短い直線の断片が現われてそれがちょうど編隊飛行の飛行機が風に吹き散らされてでもいるような運動をする。これを見ながら同時にこの曲を聞いてい・・・ 寺田寅彦 「踊る線条」
・・・そこで今度は飛行機翼の模型を作って風洞で風を送って試験してみたところがある風速以上になると、補助翼をぶらぶらにした機翼はひどい羽ばたき振動を起こして、そのために支柱がくの字形に曲げられることがわかった。ところが、前述の現品調査の結果でもまさ・・・ 寺田寅彦 「災難雑考」
・・・の角度に開いて斜めに下向いたままで咲いていた。もう一つのは茎の先端がずっと延びてもう一ぺん上向きに生長し、そうしてちゃんと天頂を向いた花を咲かせていた。つまり茎の上端が「り」の字形になったわけである。 もっと詳しくいろいろ実験したいと思・・・ 寺田寅彦 「藤棚の陰から」
・・・と書いた額に映ッて、字形を夢のようにしている。 帰期を報らせに来た新造のお梅は、次の間の長火鉢に手を翳し頬を焙り、上の間へ耳を聳てている。「もう何時になるんかね」と、平田は気のないような調子で、次の間のお梅に声をかけた。「もすこ・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・ここでは二枝カンデラーブル、U字形をつくる。この時には両肩と両腕とでUの字になることが要領じゃ、徒にここが直角になることは血液循環の上からも又樹液運行の上からも必要としない。この形になることが要領じゃ。わかったか。六番」兵卒六「わかりま・・・ 宮沢賢治 「饑餓陣営」
・・・私が毎日毎日通った時分、誠之は斯様に黒い木の門と、足の下でザクザクいう玄関前を持ち、大きなコの字形に運動場を囲んだ木の低い建物で出来ていたのです。 校舎が改築されたのは、何時であったか。私は、未だ一度も内部の模様を見知らない。又、見たい・・・ 宮本百合子 「思い出すかずかず」
出典:青空文庫