・・・ 恋しき父母兄弟に離れ、はるばると都に来て、燃ゆるがごとき功名の心にむちうち、学問する身にてありながら、私はまだ、ほんのこどもでしたから、こういういたずらも四郎と同じ心のおもしろさを持っていたのです。 十幾本の鉤を凧糸につけて、その・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・それ故に倫理学の研究は単に必要であるというだけでなく、真摯な人間である以上、境遇が許す限りは研究せずにはいられないはずの学問なのである。 五 根本問題の所在 この小さな紙幅に倫理学の根本問題を羅列することは不可能であ・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・ 親爺は、十三歳の時から一人前に働いて、一生を働き通して来た。学問もなければ、頭もない。が、それでも、百姓の生活が現在のまゝではどうしても楽にならないことを知っている。経験から知っているのだろう。自作農は、直接地主から搾取されることはな・・・ 黒島伝治 「小豆島」
・・・田舎の小学を卒ると、やがて自活生活に入って、小学の教師の手伝をしたり、村役場の小役人みたようなことをしたり、いろいろ困苦勤勉の雛型その物の如き月日を送りながらに、自分の勉強をすること幾年であった結果、学問も段進んで来るし人にも段認められて来・・・ 幸田露伴 「観画談」
・・・崎のお母さんなどには、お前さん達の息子のしたことはドロ棒したとか、強姦したとかいう罪とちがって何も恥かしがることはないと云っていながら、労働者のおかみさん達には、それは世の中で一番恐ろしい罪で、みんな学問のある悪者にだまされてやったんだと云・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・聞き込んだ筋が好いそうでして……なんでも御家は御寺様だそうで御座いますよ……その方はあんまり御家の格が好いものですから、それで反って御嫁に行き損って御了いなすったとか。学問は御有んなさるし、立派な御方なんだそうで御座います。御年は四十位だと・・・ 島崎藤村 「刺繍」
・・・ もちろんかような問題に関した学問も一通りはした、自分の職業上からも、かような学問には断えず携わっている。その結果として、理論の上では、ああかこうかと纏まりのつくようなことも言い得る。また過去の私が経歴と言っても、十一二歳のころからすで・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・ ディオニシアスは、こんな乱暴な人でしたけれど、それと一しょに、一方には大層学問があり、色々の学者や詩人たちを、いつも側に集めていました。そして自分でもどんどん詩を作りました。 或ときディオニシアスは、フィロセヌスという学者が、自分・・・ 鈴木三重吉 「デイモンとピシアス」
・・・ ――ええ、学問は無いの。研究なんか、なさらないわ。けれども、なかなか、腕がいいの。 ――うまく行くだろう。さようなら。ハンケチ借りて置くよ。 ――さようなら。あ、帯がほどけそうよ。むすんであげましょう。ほんとうに、いつまでも、・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・それに学問というものを一切していないのが、最も及ぶべからざる処である。うぶで、無邪気で、何事に逢っても挫折しない元気を持っている。物に拘泥しない、思索ということをしない、純血な人間に出来るだけの受用をする。いつも何か事あれかしと、居合腰をし・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
出典:青空文庫