・・・「へええ、Hはそんなに学者かね。僕はまた知っているのは剣術ばかりかと思っていた。」 HはMにこう言われても、弓の折れの杖を引きずったまま、ただにやにや笑っていた。「Mさん、あなたも何かやるでしょう?」「僕? 僕はまあ泳ぎだけ・・・ 芥川竜之介 「海のほとり」
・・・こから生ずる現象――その現象はいつでも人間生活の統一を最も純粋な形に持ち来たすものであるが――として最近に日本において、最も注意せらるべきものは、社会問題の、問題としてまた解決としての運動が、いわゆる学者もしくは思想家の手を離れて、労働者そ・・・ 有島武郎 「宣言一つ」
・・・というに、由来が執拗なる迷信に執えられた僕であれば、もとよりあるいは玄妙なる哲学的見地に立って、そこに立命の基礎を作り、またあるいは深奥なる宗教的見地に居って、そこに安心の臍を定めるという世にいわゆる学者、宗教家達とは自らその信仰状態を異に・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・ない、原来趣味多き人には著述などないが当前であるかも知れぬ、芭蕉蕪村などあれだけの人でも殆ど著述がない、書物など書いた人は、如何にも物の解った様に、うまいことをいうて居るが、其実趣味に疎いが常である、学者に物の解った人のないのも同じ訳である・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・ 僕を商売人と見たので、また厭気がしたが、他日わが国を風靡する大文学者だなどといばったところで、かの女の分ろうはずもないから、茶化すつもりでわざと顔をしかめ、「あ、いたた!」「うそうそ、そんなことで痛いものですか?」と、ふき出し・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・が、少年の筆らしくない該博の識見に驚嘆した読売の編輯局は必ずや世に聞ゆる知名の学者の覆面か、あるいは隠れたる篤学であろうと想像し、敬意を表しかたがた今後の寄書をも仰ぐべく特に社員を鴎外の仮寓に伺候せしめた。ところが社員は恐る恐る刺を通じて早・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・そうしてかくも有名なる本は何であるかというと無学者の書いた本であります。それでもしわれわれにジョン・バンヤンの精神がありますならば、すなわちわれわれが他人から聞いたつまらない説を伝えるのでなく、自分の拵った神学説を伝えるでなくして、私はこう・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・ しかし、受け持ちの先生のいったことは、かならずしも正しくなかったことは、ずっと後になってから、吉雄が有名なすぐれた学者になったのでわかりました。 小川未明 「ある日の先生と子供」
・・・ H・KもT・MもT・Iもそれぞれの専門では一流の学者である。しかし、私たち「泣かない」三十代の文学者にはこれといった仕事をする人間がいない。文学者としての宿命を感じさせるような者もいないし魅力も乏しい。文学者として世に立っても、型が小・・・ 織田作之助 「中毒」
・・・はははははさすがは学者の迂濶だ。馬鹿な奴。いやそろそろ政略が要るようになった。妙だぞ。妙だぞ。ようやく無事に苦しみかけたところへ、いい慰みが沸いて来た。充分うまくやって見ようぞ。ここがおれの技倆だ。はて事が面白くなって来たな。 光代は高・・・ 川上眉山 「書記官」
出典:青空文庫