出典:gooニュース
別に安保が勝とうが何しようが…」
別に安保が勝とうが何しようが、だからと言ってボクシング界に何かいいことがあるわけじゃない。関係ないっちゃ関係ない。何の興味もない」と強調していた。■畑山 隆則(はたけやま・たかのり) 1975(昭和50)年7月28日生まれ。青森県出身。小学校から野球に打ち込み、投手として青森山田高に推薦入学するが1カ月で退部。その後、高校を中退し、プロボクサーを目指して上京。93年6月プロデビュー。
自民・小林元経済安保担当大臣 自身主催の勉強会を開催 総裁選支援議員ら42人が集まる
自民党 小林鷹之 元経済安保担当大臣「やはり目指すべきその国の中長期の形、ビジョンがなくてはならないと思います」19日、国会内で開催された「2050年のわが国のかたち・社会のあり方を考える研究会」と名付けられた勉強会には、先の総裁選で小林氏を支持した議員を中心にリモートも含めて42人が出席しました。
「トランプ氏も理解を」米も高評価の安保3文書改定から2年 岸田前首相単独インタビュー
その上で、「安保3文書の改定は米国からも高く評価されている。(トランプ氏にも)しっかりと理解してもらいながら、2国間協議に臨んでいくことになる」と語った。安保3文書には敵の領域内の標的を打撃する「反撃能力」保有が明記されたが、「現実として国際情勢がどんどん変化している。的確に対応していくために、反撃能力などの新たな対応を考えなければならない」とした。
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あんぽかいていじのみつやく【安保改定時の密約】
昭和35年(1960)1月の日米安保条約改定の際に日米政府間で交わされた合意・密約のこと。平成21年(2009)9月から平成22年(2010)3月にかけて外務省の調査チームと有識者委員会がそれぞれ調査・検証を行った。→密約問題 [補説]核持ち込みに関する密約。→核持ち込み密約朝鮮半島有事の際の戦闘作戦行動に関する密約。→朝鮮半島有事密約
あんぽじょうやく【安保条約】
「日米安全保障条約」の略。
あんぽとうそう【安保闘争】
昭和34年(1959)から翌年にかけて展開された、日米安全保障条約の改定に反対する闘争。昭和35年(1960)の自民党による強行採決後の6月には全国的な運動に発展、デモ隊が国会構内に突入し警官隊と衝突。岸内閣は条約の自然承認後7月に退陣した。また、昭和45年(1970)の条約延長に対しても激しい反対運動が展開された。→六十年安保闘争 →七十年安保闘争