・・・鯉はマナイタの上にのせられると動かなくなるといわれているが、それは覚悟を定めての上で、ドンコのようにどうされるのか知らないのとは、精神に雲泥の差がある。 河豚も醜魚だが、ドンコもあんまり恰好がよいとはいえない。しかし、味はなかなかよくサ・・・ 火野葦平 「ゲテ魚好き」
・・・要するに婦人がおしゃべりなれば自然親類の附合も丸く行かずして家に風波を起すゆえに離縁せよとの趣意ならんなれども、多言寡言に一定の標準を定め難し。此の人に多言と聞えても彼の人には寡言と思われ、甲の耳に寡言なるも乙の聞く所にては多言なることあり・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
人物の善悪を定めんには我に極美なかるべからず。小説の是非を評せんには我に定義なかる可らず。されば今書生気質の批評をせんにも予め主人の小説本義を御風聴して置かねばならず。本義などという者は到底面白きものならねば読むお方にも・・・ 二葉亭四迷 「小説総論」
・・・この十字架に掛けられていなさる耶蘇殿は定めて身に覚えがあろう。その疵のある象牙の足の下に身を倒して甘い焔を胸の中に受けようと思いながら、その胸は煖まる代に冷え切って、悔や悶や恥のために、身も世もあられぬ思をしたものが幾人あった事やら。お前は・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・これでは試験も受けられぬというので試験の済まぬ内に余は帰国する事に定めた。菅笠や草鞋を買うて用意を整えて上野の汽車に乗り込んだ。軽井沢に一泊して善光寺に参詣してそれから伏見山まで来て一泊した。これは松本街道なのである。翌日猿が馬場という峠に・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・あの、黒い山がむくむく重なり、その向うには定めない雲が翔け、渓の水は風より軽く幾本の木は険しい崖からからだを曲げて空に向う、あの景色が石の滑らかな面 洋傘直しは石を置き剃刀を取ります。剃刀は青ぞらをうつせば青くぎらっと光ります。 そ・・・ 宮沢賢治 「チュウリップの幻術」
・・・私はドイツでも、堂々としたジーメンスの工場を見たが、その工場の内に働く者の幸福を高めるための技術を養う工場学校があり、しかも十八歳までは六時間労働、十六歳以下は四時間と、ちゃんと法律によって定め、その賃銀の払われる労働時間のうちに教育のため・・・ 宮本百合子 「明るい工場」
・・・ 討手の手配りが定められた。表門は側者頭竹内数馬長政が指揮役をして、それに小頭添島九兵衛、同じく野村庄兵衛がしたがっている。数馬は千百五十石で鉄砲組三十挺の頭である。譜第の乙名島徳右衛門が供をする。添島、野村は当時百石のものである。裏門・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・作家の本業というのは、日々の生活に際して、態度を定めていくということだ。この態度から生れて来る創作というものは、その結果からにちがいはないとしても、創作をするという動作は、たしかに本業ではなくて副業である。創作することが副業であるなら、滅び・・・ 横光利一 「作家の生活」
・・・江戸幕府の文教政策を定め、儒教をもって当時の思想の動揺を押えようとした当時の政治家は、冷静な理論よりもむしろ狂信的な情熱を必要としたのであろう。 林羅山は慶長十二年以後、幕府の文教政策に参画した。その時二十五歳であった。羅山はそれ以前か・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫