・・・その狂や必ず原因あるべし。その原因とは何ぞや。学生にして学問社会に身を寄すべきの地位なきもの、すなわちこれなり。その実例はこれを他に求むるを須たず、あるいは論者の中にもその身を寄する地位を失わざらんがために説を左し、また、その地位を得たるが・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・今その最も普通なる実例の一、二を示さんに、子供が誤って溝中に落込み着物を汚すことあれば、厳しくその子を叱ることあり。もしまた誤って柱に行き当り額に瘤を出して泣き出すことあれば、これを叱らずしてかえって過ちを柱に帰し、柱を打ち叩きて子供を慰む・・・ 福沢諭吉 「家庭習慣の教えを論ず」
・・・否な、徒に其時節到来を待つに非ず、天下有志の善男善女が躬践実行して実例を示し、以て其時節を作らんこと、我輩の希望し勧告する所なり。一 女子の結婚は男子に等しく、他家に嫁するあり、実家に居て壻養子するあり、或は男女共に実家を離れて新家を興・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・――斯ういう風に実例を眼前に見て、苦しいとか、楽しいとか云う事は、人によって大変違う。例えば私が苦しいと思う事も、其女は何とも思わんかも知らん。それはまア浅薄で何とも思わないんだが、浅薄でなくてしかも何とも思わん人もある。それは誰かと云うに・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・ 今、実例をツルゲーネフに取ってこれを云えば、彼の詩想は秋や冬の相ではない、春の相である、春も初春でもなければ中春でもない、晩春の相である、丁度桜花が爛と咲き乱れて、稍々散り初めようという所だ、遠く霞んだ中空に、美しくおぼろおぼろとした・・・ 二葉亭四迷 「余が翻訳の標準」
・・・を書いている。氏が、尾崎、榊山氏のルポルタージュに自己感傷の過度を批難しながら、林房雄氏のレトリックに触れないことは読者にとっては不思議のようである。「太陽のない街」を実例として、ルポルタージュと記録小説との、芸術化の時間的過程の相異を明ら・・・ 宮本百合子 「明日の言葉」
・・・処々の大工場、実務学校などで熟練工の養成、再教育をしている中には、専門学校出の若い婦人を新たに機械工業のための製図師として再教育している実例もある。臨時工として種々の官営、民営工場に雇われ、工業部門に参加するようになって来た女の数はおびただ・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
・・・た一つの力づよい才能と生活力とが、おびただしい内と外との困難にからまれながらも、階級的成長と人民の運命の打開の可能の上に置きなおされたのは、やはり、人民の歴史そのものの前進によってもたらされたプラスの実例であると思う。〔一九四九年十月〕・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十五巻)」
・・・実際こっちでは、治安妨害とか、風俗壊乱とか云う名目の下に、そんな人を羅致した実例を見たことがない。しかしこう云うことを洗立をして見た所が、確とした結果を得ることはむずかしくはあるまいか。それは人間の力の及ばぬ事ではあるまいか。若しそうだと、・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・排中律のまっただ中に泛んだ、ただ一つの直感の真実は、こうしていま梶に見事な実例を示してくれていて、「さア、どうだ、どうだ。返答しろ。」と梶に迫って来ているようなものだった。それにも拘らず、まだ梶は黙っているのである。「見たままのことさ、おれ・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫