・・・ 省作は出してもらった着物を引っ掛け、兵児帯のぐるぐる巻きで、そこへそのまま寝転ぶ。母は省作の脱いだやつを衣紋竹にかける。「おッ母さん、茶でも入れべい。とんだことした、菓子買ってくればよかった」「お前、茶どころではないよ」と・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・かと思うと、些細なことで気にいらないことがあると、キンキンした疳高い声で泣き、しまいには外行きの着物のまま泥んこの道端へ寝転ぶのだった。欲しいと思ったものは誰が何と言おうと、手に入れなければ承知せず、五つの時近所の、お仙という娘に、茶ダンス・・・ 織田作之助 「妖婦」
・・・ 坐るかと思うと寝転ぶ。寝転ぶかと思うと立つ。其処には舟底枕がひっくり返っている。其処には貸本の小説や稽古本が投出してある。寵愛の小猫が鈴を鳴しながら梯子段を上って来るので、皆が落ちていた誰かの赤いしごきを振って戯らす。 自分は唯黙・・・ 永井荷風 「夏の町」
出典:青空文庫