・・・返って来ればチャンと膳立てが出来ているというのが、毎日毎日版に摺ったように定まっている寸法と見える。 やがて主人はまくり手をしながら茹蛸のようになって帰って来た。縁に花蓙が敷いてある、提煙草盆が出ている。ゆったりと坐って烟草を二三服ふか・・・ 幸田露伴 「太郎坊」
・・・そうすると、まるで、じぶんの寸法を取ってこしらえたように、きっちり合いました。それから、馬に乗って、あぶみへ両足をかけて見ますと、それもちゃんと、じぶんの脚の長さに合っています。 ウイリイは、そのまま世の中に出て、運だめしをして来たくな・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・不精なお方だから、私が黙って揃えて置けば、なんだこんなもの、とおっしゃりながらも、心の中ではほっとして着て下さるのだろうが、どうも寸法が特大だから、出来合いのものを買って来ても駄目でしょう。むずかしい。 主人も今朝は、七時ごろに起きて、・・・ 太宰治 「十二月八日」
・・・ 先ず同じ形で同じ寸法の壺のような土器を二つ揃える。次にこの器の口よりもずっと小さい木栓を一つずつ作ってその真中におのおの一本の棒を立てる。この棒に幾筋も横線を刻んで棒の側面を区分しておいてそれからその一区分ごとに色々な簡単な通信文を書・・・ 寺田寅彦 「変った話」
・・・着物の寸法も取らねばならんのに朝から何処へいったのかとブツブツ。間もなく菊尾は帰ったが、安田にも学校にも居ませんと云うので、御ばあさんまたブツブツ。そのうち定勝さんが帰った。着物の寸法を取らねばならぬに何処へ行っていたか。この忙しいのにどん・・・ 寺田寅彦 「高知がえり」
・・・だいたいできたころに寸法をとってみるとやっと実物の四分の三ぐらいのものになっている事がわかった。それをもう一度すっかり消してやり直す勇気がなかったから今度もまたそのままでやり続けた。 最初の日は影と日向とを思い切って強く区別してだいたい・・・ 寺田寅彦 「自画像」
・・・なんでも紙撚だったか藁きれだったか忘れたが、それでからだのほうぼうの寸法を計って、それから割り出して灸穴をきめるのであるが、とにかく脊柱のたぶん右側に上から下まで、首筋から尾びていこつまでたしか十五六ほどの灸穴を決定する。それに、はじめは一・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・こんどは向うから妙な顔色をした一寸法師が来たなと思うと、これすなわち乃公自身の影が姿見に写ったのである。やむをえず苦笑いをすると向うでも苦笑いをする。これは理の当然だ。それから公園へでも行くと角兵衛獅子に網を被せたような女がぞろぞろ歩行いて・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・顔の寸法も靴の寸法も長い看守は首を下げたまま、それに答えている。「ハ。一名です。……承知しました。ハ」 金モールが出て行くと、看守は物懶そうな物ごしで、テーブルの裏の方へ手を突込み鍵束をとり出した。そして、私のいる第一房の鉄扉をあけ・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・ 「いいだろう。寸法を計ったのだもの」 夫は 二足で 傍らの小窓に近づいた 六月 窓外の樹々は繁り かすかな虫の声もする 夜。 朝 彼等の小窓に 泡立つレースのカーテンが 御殿のように風に戦いで 膨らんだ・・・ 宮本百合子 「心の飛沫」
出典:青空文庫