・・・舞台には蝋燭の光眼を射るばかり輝きたり。母が眼のふち赤らめて泣きたまうを訝しく思いつ、自分は菓子のみ食いてついに母の膝に小さき頭載せそのまま眠入りぬ。母親ゆり起こしたまう心地して夢破れたり。源叔父は頭をあげて、「我子よ今恐ろしき夢みたり・・・ 国木田独歩 「源おじ」
・・・というは、隣家にめぐらしてある高いトタン塀から来る反射が、まともにわたしの家の入口の格子をも露地に接した窓をも射るからであった。わたしはまだ日の出ないうちに朝顔に水をそそぐことの発育を促すに好い方法であると知って、それを毎朝の日課のようにし・・・ 島崎藤村 「秋草」
・・・この時の女の顔は不思議な美しさに輝いて、涼しい眼の中に燃ゆるような光は自分の胸を射るかと思ったが、やがて縁側に手をついて、宜しくば風呂を御召しあそばせと云った時はもう平生のお房であった。女が去った後自分は立って雨戸を一枚あけて庭を見た。霧の・・・ 寺田寅彦 「やもり物語」
・・・窓を射る日の眩ゆきまで明かなるに、室のうちは夏知らぬ洞窟の如くに暗い。輝けるは五尺に余る鉄の鏡と、肩に漂う長き髪のみ。右手より投げたる梭を左手に受けて、女はふと鏡の裡を見る。研ぎ澄したる剣よりも寒き光の、例ながらうぶ毛の末をも照すよと思うう・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・洋書というものは唐本や和書よりも装飾的な背皮に学問と芸術の派出やかさを偲ばせるのが常であるのに、この部屋は余の眼を射る何物をも蔵していなかった。ただ大きな机があった。色の褪めた椅子が四脚あった。マッチと埃及煙草と灰皿があった。余は埃及煙草を・・・ 夏目漱石 「ケーベル先生」
・・・銅板に砂を塗れる如き顔の中に眼懸りて稲妻を射る。我を見て南方の犬尾を捲いて死ねと、かの鉄棒を脳天より下す。眼を遮らぬ空の二つに裂くる響して、鉄の瘤はわが右の肩先を滑べる。繋ぎ合せて肩を蔽える鋼鉄の延板の、尤も外に向えるが二つに折れて肉に入る・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・カンテラの光りが風に煽られて磨ぎ手の右の頬を射る。煤の上に朱を流したようだ。「あすは誰の番かな」とややありて髯が質問する。「あすは例の婆様の番さ」と平気に答える。生える白髪を浮気が染める、骨を斬られりゃ血が染める。と高調子に・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・しかし、純粋な誠実へのポーズに負けて、旧社会におけると同じ角度で、同じ性質の矢を放ったとしても、それはソヴェトの現実の的を射ることは出来ない。ソヴェトへの旅行において、ジイドは遂に客観的にソヴェトを語ることが出来ず、従来小説の人物をも理念で・・・ 宮本百合子 「ジイドとそのソヴェト旅行記」
出典:青空文庫