・・・さア大変秋山を殺すなという騒ぎになって、××じゃ将校連が集って、急いで人名簿を調べる。そうして水練の上手な兵士を三十人選抜して、秋山大尉を捜させようと云うんだ。その人選のなかへ、私のとこの忰も入ったのさね。」 吉兵衛さんの顔が、紅く火照・・・ 徳田秋声 「躯」
・・・途端に其処に通掛った近衛の将校の方があったのです――凛々しい顔をなすった戦争に強そうな方でしたがねえ、其将校の何処が気に入らなかったのか、其可怖眼をした女の方が、下墨む様な笑みを浮べて、屹度お見でしたの。『彼人達は死ぬのが可いのよ。死ぬ・・・ 広津柳浪 「昇降場」
・・・ 昔のその学校の生徒、今はもう立派な検事になったり将校になったり海の向うに小さいながら農園を有ったりしている人たちから沢山の手紙やお金が学校に集まって来ました。 虔十のうちの人たちはほんとうによろこんで泣きました。 全く全くこの・・・ 宮沢賢治 「虔十公園林」
・・・二・二六秘史についても、あの事件が日本の侵略戦争遂行のための暴動であったいきさつにはふれないで、青年将校の純情さの一面を浮び出させている。そして、「兵は、共産主義者の反乱鎮圧のために配備されているのだと信じこんでいた」というようなことも平然・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・しかし、兵と共に飢えて死んだという将校が、何人私たちに知られているであろうか。私たちは、沁々とこのことを思い返さざるを得ない。自分たちだけは、様々の軍事上の名目を発明して、数の少い軍用機で、逸早く前線から本土へ逃げて翔びかえってしまった前線・・・ 宮本百合子 「逆立ちの公・私」
・・・山口一太郎氏の二篇の実録をよむと、この人が二・二六事件をクライマックスとする陸軍部内の青年将校の諸陰謀事件に、密接な関係をもっていたことがはっきり書かれている。同氏は二・二六事件の本質を、陸軍内部の国体原理主義者――皇道派と、人民覇道派――・・・ 宮本百合子 「作家は戦争挑発とたたかう」
・・・このことは、将校教育をうけた人は知っていよう。「軍服」は、何年ごろの、軍隊経験であったかということを作者は、はっきり書いていない。小さいことのようだが、これはこの作品の真実性のために大切である。もうすこしあとになってからの軍隊は、「軍服・・・ 宮本百合子 「小説と現実」
・・・石田は西の詰の間に這入って、床の間の前に往って、帽をそこに据えてある将校行李の上に置く。軍刀を床の間に横に置く。これを初て来た日に、お時婆あさんが床の壁に立て掛けて、叱られたのである。立てた物は倒れることがある。倒れれば刀が傷む。壁にも痍が・・・ 森鴎外 「鶏」
それがしの宮の催したまいし星が岡茶寮のドイツ会に、洋行がえりの将校次をおうて身の上ばなしせしときのことなりしが、こよいはおん身が物語聞くべきはずなり、殿下も待ちかねておわすればとうながされて、まだ大尉になりてほどもあらじと・・・ 森鴎外 「文づかい」
・・・この海軍将校の集会所へ這入るのは、梶には初めてであった。どこの煙筒からも煙の出ないころだったが、ここの高い煙筒だけ一本濛濛と煙を噴き上げていた。携帯品預所の台の上へ短剣を脱して出した栖方は、剣の柄のところに菊の紋の彫られていることを梶に云っ・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫