・・・ 僕等は発行所へはいる前にあの空罎を山のように積んだ露路の左側へ立ち小便をした。念の為に断って置くが、この発頭人は僕ではない。僕は唯先輩たる斎藤さんの高教に従ったのである。 発行所の下の座敷には島木さん、平福さん、藤沢さん、高田さん・・・ 芥川竜之介 「島木赤彦氏」
・・・寮雨とは夜間寄宿舎の窓より、勝手に小便を垂れ流す事なり。僕は時と場合とに応じ、寮雨位辞するものに非ず。僕問う。「君はなぜ寮雨をしない?」恒藤答う。「人にされたら僕が迷惑する。だからしない。君はなぜ寮雨をする?」僕答う。「人にされても僕は迷惑・・・ 芥川竜之介 「恒藤恭氏」
舎衛城は人口の多い都である。が、城の面積は人口の多い割に広くはない。従ってまた厠溷も多くはない。城中の人々はそのためにたいていはわざわざ城外へ出、大小便をすることに定めている。ただ波羅門や刹帝利だけは便器の中に用を足し、特・・・ 芥川竜之介 「尼提」
・・・僕は思い切って起き上り、一まず後架へ小便をしに行った。近頃この位小便から水蒸気の盛んに立ったことはなかった。僕は便器に向いながら、今日はふだんよりも寒いぞと思った。 伯母や妻は座敷の縁側にせっせと硝子戸を磨いていた。がたがた言うのはこの・・・ 芥川竜之介 「年末の一日」
・・・ 太郎は、小便に起きました。そして、戸を開けて外を見ますと、いつのまにか、空はよく晴れていました。月はなかったけれど、星影が降るように、きらきらと光っていました。太郎は、もしや、おじいさんが、この真夜中に雪道を迷って、あちらの広野をうろ・・・ 小川未明 「大きなかに」
・・・あまりのうれしさに、小便が出そうになってきたので、虫売の屋台の前では、股をすり合わせて帰りが急がれたが、浜子は虫籠を物色してなかなか動かないのです。 浜子は世帯持ちは下手ではなかったが、買物好きの昔の癖は抜けきれず、おまけに継子の私が戻・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・というややこしい名前は、当然、小便たんごを連想させるが、昔ここに小便の壺があった。今も、ないわけではない。よりによって、こんな名前をつけるところは法善寺的――大阪的だが、ここの関東煮が頗るうまいのも、さすが大阪である。一杯機嫌で西へ抜け出る・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・バルザックの逞しいあらくれの手を忘れ、こそこそと小河で手をみそいでばかりいて皮膚の弱くなる潔癖は、立小便すべからずの立札にも似て、百七十一も変名を持ったスタンダールなどが現れたら、気絶してしまうほどの弱い心臓を持ちながら、冷水摩擦で赤くした・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・私はこの横丁へ来て、料理屋の間にはさまった間口の狭い格子づくりのしもた家の前を通るたびに、よしんば酔漢のわめき声や女の嬌声や汚いゲロや立小便に悩まされても、一度はこんな家に住んでみたいと思うのであった。 天辰はこの雁次郎横丁にある天婦羅・・・ 織田作之助 「世相」
・・・するとその立留った奴はそのまま小便をはじめたのだそうです。乗っていた子供――女の児だったそうですが――はもじもじし出し顔が段々赤くなって来てしまいには泣きそうになったと云います。――私達は大いに笑いました。私の眼の前にはその光景がありありと・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
出典:青空文庫