・・・全くそのころの自分にとっては科学の研究は一つの創作の仕事であったと同時に、どんなつまらぬ小品文や写生文でも、それを書く事は観察分析発見という点で科学とよく似た研究的思索の一つの道であるように思われるのであった。 その後三十年に近い生涯の・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・こうなると迂闊に小品文や随筆など書くのはつつしまなければならないという気がしたのであった。 ある時はまたやはり「花物語」の一節にある幼児のことを、それが著者のどの子供であるかという質問をよこした先生があった。その時はあまり立入った質問だ・・・ 寺田寅彦 「随筆難」
・・・少なくも自分だけの場合について考えると、ずっと後に『ホトトギス』に書いた小品文などは、この頃の日記や短文の延長に過ぎないと思われる。 裏絵や図案の募集もあって数回応募した。最初に軒端の廻燈籠と梧桐に天の河を配した裏絵を出したら幸運にそれ・・・ 寺田寅彦 「明治三十二年頃」
・・・ そういう心持への理解と共感とは、特に書いているのが女性たちである場合私たちの心に生きているのです、が文学において様式の差別をみとめて、小説と小品文とのちがいを知っているとすれば、やはり感想文と報告文学とのちがう点をわきまえてゆくことも・・・ 宮本百合子 「ルポルタージュの読後感」
出典:青空文庫