・・・ 主筆 今度は一つうちの雑誌に小説を書いては頂けないでしょうか? どうもこの頃は読者も高級になっていますし、在来の恋愛小説には満足しないようになっていますから、……もっと深い人間性に根ざした、真面目な恋愛小説を書いて頂きたいのです。・・・ 芥川竜之介 「或恋愛小説」
・・・一体歌人にしろ小説家にしろ、すべて文学者といわれる階級に属する人間は無責任なものだ。何を書いても書いたことに責任は負わない。待てよ、これは、何日か君から聞いた議論だったね。A どうだか。B どうだかって、たしかに言ったよ。文芸上の作・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・いわゆる文壇餓殍ありで、惨憺極る有様であったが、この時に当って春陽堂は鉄道小説、一名探偵小説を出して、一面飢えたる文士を救い、一面渇ける読者を医した。探偵小説は百頁から百五十頁一冊の単行本で、原稿料は十円に十五円、僕達はまだ容易にその恩典に・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・ いつかのお手紙にもあった、「君は近ごろ得意に小説を書いてるな、もう歌には飽きがきたのか」というような意味のことが書いてあった。何ごともこのとおりだ、ちょっとしたことにもすぐ君と僕との相違は出てくる。 君が歌を作り文を作るのは、君自・・・ 伊藤左千夫 「去年」
・・・と、僕は僕の読みかけているメレジコウスキの小説を開らいた。 正ちゃんは、裏から来たので、裏から帰って行ったが、それと一緒に何か話しをしながら、家にはいって行く吉弥の素顔をちょっとのぞいて見て、あまり色が黒いので、僕はいや気がした。・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・時勢が違うので強ち直ちに気品の問題とする事は出来ないが、当時の文人や画家は今の小説家や美術家よりも遥かに利慾を超越していた。椿岳は晩年画かきの仲間入りをしていたが画かき根性を最も脱していた。椿岳の作品 が、画かき根性を脱していて、画・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・彼はそのときは歴史などは抛りぽかして何にもならないつまらない小説を読んだそうです。しかしながらその間に己で己に帰っていうに「トーマス・カーライルよ、汝は愚人である、汝の書いた『革命史』はソンナに貴いものではない、第一に貴いのは汝がこの艱難に・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・小さな机兼食卓の上には、鞄の中から、出された外国の小説と旅行案内と新聞が載っている。私は、此の室の中で、独り臥たり、起きたり、瞑想に耽ったり、本を読んだりした。朝寒いので、床の中に入っていたけれど、朝起きの癖がついているので眤としていられな・・・ 小川未明 「渋温泉の秋」
・・・あの通り縹致はいいし、それに読み書きが好きで、しょっちゅう新聞や小説本ばかり覗いてるような風だから、幾らか気位が高くなってるんでしょう」「だってお前、気位が高いから船乗りが厭だてえのは間違ってる。そりゃ三文渡しの船頭も船乗りなりゃ川蒸気・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・うだが、幸に女房はそれを気が付かなかったらしいので、無理に平気を装って、内に入ってその晩は、事なく寝たが、就中胆を冷したというのは、或夏の夜のこと、夫婦が寝ぞべりながら、二人して茶の間で、都新聞の三面小説を読んでいると、その小説の挿絵が、呀・・・ 小山内薫 「因果」
出典:青空文庫