・・・と、上田の声が少し高かったので、鸚鵡が一声高く「樋口さん」と叫びました。「このちくしょう?」と鷹見がうなるように言いましたが、鸚鵡はいっさい平気で、「お玉さん」「人をばかにしている!」と上田が目を丸くしますと、「お玉さん、……樋・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・ 夫婦愛というものは少しの蹉跌があったからといって滅びるようなものではつまらない。初めは恋愛から入って、生活と歳月の移るにしたがって、人生の苦渋にもまれ、鍛えられて、もっと大きな、自由な、地味なしんみの、愛に深まっていく。恋愛よりも、親・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・ そして、少し行くと、それから自分の家へ分れ分れに散らばってしまった。 二 山が、低くなだらかに傾斜して、二つの丘に分れ、やがて、草原に連って、広く、遠くへ展開している。 兵営は、その二つの丘の峡間にあった。・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・今でも其の時分の面影を残して居る私塾が市中を捜したらば少しは有るでしょうが、殆ど先ず今日は絶えたといっても宜敷いのです。私塾と云えばいずれ規模の大きいのは無いのですが、それらの塾は実に小規模のもので、学舎というよりむしろただの家といった方が・・・ 幸田露伴 「学生時代」
・・・その人は母親に、自分たちのしている仕事のことを話して、中にいる息子さんの事には少しも心配しなくてもいゝと云った。「救援会」の人だった。然し母親は、駐在所の旦那が云っているように、あんな恐ろしいことをした息子の面倒を見てくれるという不思議な人・・・ 小林多喜二 「争われない事実」
・・・それでも家賃が高過ぎると思うなら、今少しは引いてもいいと言われるほど長く空屋になっていた古い家で、造作もよく、古風な中二階などことにおもしろくできていたが、部屋が多過ぎていまだに借り手がないとのこと。よっぽど私も心が動いて帰って来たが、一晩・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・われらが生の理想とすべきものは何であろうか。少しもわかっていない。 もちろんかような問題に関した学問も一通りはした、自分の職業上からも、かような学問には断えず携わっている。その結果として、理論の上では、ああかこうかと纏まりのつくようなこ・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・みんなで少しずつ出し合ってくれたら、汽車賃が出来るに違いない。」 一群は丁度爪先上がりになっていた道を登って、丘の上に立ち留まった。そして目の下に見える低い地面を見下した。そこには軌道が二筋ずつ四つか五つか並べて敷いてある。丁度そこへ町・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・ウイリイはその中からほかのよりも少し軽いわらしびをより出してまたナイフで切るまねをしました。王女はびっくりして姿を現わして、「そのわらを切られると私の命がなくなるのですから。」と言ってあやまり、「それでは、もういきましょう。」と言い・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・ スバーは、此他もう少し高等な生きものの中にも一人の仲間を持っていました。ただ、その仲間と云うのも、どんな風な仲間と云ってよいのか、一口で云うのは難しいことでした。何故なら、彼女のその仲間は、話が出来ました。彼に話しが出来ることが、却っ・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
出典:青空文庫