いつぞや上野の博物館で、明治初期の文明に関する展覧会が開かれていた時の事である。ある曇った日の午後、私はその展覧会の各室を一々叮嚀に見て歩いて、ようやく当時の版画が陳列されている、最後の一室へはいった時、そこの硝子戸棚の前・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
ある雨の降る日の午後であった。私はある絵画展覧会場の一室で、小さな油絵を一枚発見した。発見――と云うと大袈裟だが、実際そう云っても差支えないほど、この画だけは思い切って彩光の悪い片隅に、それも恐しく貧弱な縁へはいって、忘れ・・・ 芥川竜之介 「沼地」
・・・思うにこの田中君のごときはすでに一種のタイプなのだから、神田本郷辺のバアやカッフェ、青年会館や音楽学校の音楽会兜屋や三会堂の展覧会などへ行くと、必ず二三人はこの連中が、傲然と俗衆を睥睨している。だからこの上明瞭な田中君の肖像が欲しければ、そ・・・ 芥川竜之介 「葱」
・・・油でもコンテでも全然抜群で美校の校長も、黒馬会の白島先生も藤田先生も、およそ先生と名のつく先生は、彼の作品を見たものは一人残らず、ただ驚嘆するばかりで、ぜひ展覧会に出品したらというんだが、奴、つむじ曲がりで、うんといわないばかりか、てんで今・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・生命がけで、描いて文部省の展覧会で、平つくばって、可いか、洋服の膝を膨らまして膝行ってな、いい図じゃないぜ、審査所のお玄関で頓首再拝と仕った奴を、紙鉄砲で、ポンと撥ねられて、ぎゃふんとまいった。それでさえ怒り得ないで、悄々と杖に縋って背負っ・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・いくたびも生死の境にさまよいながら、今年初めて……東京上野の展覧会――「姐さんは知っているか。」「ええこの辺でも評判でございます。」――その上野の美術展覧会に入選した。 構図というのが、湖畔の霜の鷭なのである。――「鷭は一生を通じて・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
・・・小間お写真や、展覧会で、蔭ながらよく貴方を存じております。――「私は島津の家内ですが」と宿の人に――「実は見付からないようにおなじ汽車で、あとをつけて来たんです。」辻棲はちっと合ないかも存じませんが、そう云いましたの。……その次第は「島津は・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・だも知らざる社会の臆断である、そうかと思えば世界大博覧会などのある時には、日本の古代美術品と云えば真先に茶器が持出される、巴理博覧会シカゴ博覧会にも皆茶室まで出品されて居る、其外内地で何か美術に関する展覧会などがあれば、某公某伯の蔵品必ず茶・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・ 椿岳の名は十年前に日本橋の画博堂で小さな展覧会が開かれるまでは今の新らしい人たちには余り知られていなかった。展覧会が開かれても、案内を受けて参観した人は極めて小部分に限られて、シカモ多くは椿岳を能く知ってる人たちであったか・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・晩年一部の好書家が斎展覧会を催したらドウだろうと鴎外に提議したところが、鴎外は大賛成で、博物館の一部を貸してもイイという咄があった。鴎外の賛成を得て話は着々進行しそうであったが、好書家ナンテものは蒐集には極めて熱心であっても、展覧会ナゾは気・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
出典:青空文庫