・・・新しい美術品の展覧場「吾楽」というものが建築されたのは八官町の通りである。雑誌『三田文学』を発売する書肆は築地の本願寺に近い処にある。華美な浴衣を着た女たちが大勢、殊に夜の十二時近くなってから、草花を買いに出るお地蔵さまの縁日は三十間堀の河・・・ 永井荷風 「銀座」
・・・主人は喜んで新に買入れた古書錦絵の類を取出して示す。展覧に時刻を移したが、初夏の日は猶高く食時にもまだ大分間がある。さりとてこの人数袂をつらねて散歩に行くべき処もない。上野公園の森は目の前に見えているが無論行く気にはならない。兎に角一同自動・・・ 永井荷風 「百花園」
・・・かつて文部省の展覧会の審査員の某氏に会った時、日本の絵画も近頃は大分上手になりましたといったら、その人は文部省の展覧会が出来てから大変好くなりましたと答えた。日本の絵画の年々進歩するのは争うべからざる事実ではあるが、その原因を某氏のように一・・・ 夏目漱石 「文芸委員は何をするか」
・・・どうも私は文部省の展覧会に反対をしたり、博士を辞したり、甚だ文部省に受けが悪い人間でありますが今度の文展も公には書きませんでしたが、どうも大変面白くありませんでした。殊に私は日本画の方で、まあそうだと思います。西洋画の方についてもいえばいえ・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・唐詩選を見て唐詩を評し、展覧会を見て画家を評するは殆し。蕪村の佳句ばかりを見る者は蕪村を見る者にあらざるなり。「手に草履」ということももし拙く言いのばしなば殺風景となりなん。短くも言い得べきを「嬉しさよ」と長く言いて、長くも言い得べきを・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・ 昨日あたりから上野の美術館で婦人画家ばかりの展覧会が催おされている。芸術の世界で、婦人ばかりの絵画、あるいは婦人ばかりの文学というものはないものだと思う。それだのに婦人画家だけ集まった展覧会が婦人画家たちからもたれているということは、・・・ 宮本百合子 「明日をつくる力」
・・・この燈火の煌いた華やかな宴席には、もう何年も前に名をきき知っているばかりでなく、幾つかの絵を展覧会場で見ていて、自分なりに其々にうけ入れているような大家たちも席をつらねている。 司会者の何か特別な意図がふくまれていたのであろうか、 ・・・ 宮本百合子 「或る画家の祝宴」
・・・それで今のような、社会民政党の跋扈している時代になっても、ウィルヘルム第二世は護衛兵も連れずに、侍従武官と自動車に相乗をして、ぷっぷと喇叭を吹かせてベルリン中を駈け歩いて、出し抜に展覧会を見物しに行ったり、店へ買物をしに行ったりすることが出・・・ 森鴎外 「かのように」
遠望であるから細かいところは見えないものと承知していただきたい。 ごく大ざっぱな観察ではあるが、美術院展覧会を両分している洋画と日本画とは、時を同じゅうして相並んでいるのが不思議に思えるほど、気分や態度を異にしている。もちろんそれ・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
・・・美術院の展覧する日本画が明らかに示しているように、この革新は外部の革新であって内部のそれではないのである。 美術院展覧会を一覧してまず感ずることは、そこに技巧があって画家の内部生命がないことである。東洋画の伝統は千年の古きより一年前の新・・・ 和辻哲郎 「院展日本画所感」
出典:青空文庫