・・・めさめし時は秋の日西に傾きて丘の紅葉火のごとくかがやき、松の梢を吹くともなく吹く風の調べは遠き島根に寄せては返す波の音にも似たり。その静けさ。童は再び夢心地せり。童はいつしか雲のことを忘れはてたり。この後、童も憂き事しげき世の人となりつ、さ・・・ 国木田独歩 「詩想」
・・・え、父はその頃まだ存命中でございまして、私の一家、と言いましても、母はその七年まえ私が十三のときに、もう他界なされて、あとは、父と、私と妹と三人きりの家庭でございましたが、父は、私十八、妹十六のときに島根県の日本海に沿った人口二万余りの或る・・・ 太宰治 「葉桜と魔笛」
・・・開発のことが終生頭についていた人であるから、金を蓄える方面は一向に駄目で、島根へ、役人として袴着一人をつれて行っていた暮しの間でも、米沢の家の近所のものには太政官札を行李につめて送ってよこすそうだと噂されつつ、内輪は大困窮。その頃の旧藩士と・・・ 宮本百合子 「明治のランプ」
出典:青空文庫