・・・厠へ行くのに、裏階子を下りると、これが、頑丈な事は、巨巌を斫開いたようです。下りると、片側に座敷が五つばかり並んで、向うの端だけ客が泊ったらしい。ところが、次の間つきで、奥だけ幽にともれていて、あとが暗い。一方が洗面所で、傍に大きな石の手水・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・両岸の山は或時は右が遠ざかったり左が遠ざかったり、また或時は右が迫って来たり左が迫って来たり、時に両方が迫って来て、一水遥に遠く巨巌の下に白泡を立てて沸り流れたりした。或場処は路が対岸に移るようになっているために、危い略※に片手をかけて今や・・・ 幸田露伴 「観画談」
・・・あの空とあの雲の間が海で、浪の噛む切立ち岩の上に巨巌を刻んで地から生えた様なのが夜鴉の城であると、ウィリアムは見えぬ所を想像で描き出す。若しその薄黒く潮風に吹き曝された角窓の裏に一人物を画き足したなら死竜は忽ち活きて天に騰るのである。天晴に・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・ひと思に身を巨巌の上にぶつけて、骨も肉もめちゃめちゃに砕いてしまいたくなる。 それでも我慢してじっと坐っていた。堪えがたいほど切ないものを胸に盛れて忍んでいた。その切ないものが身体中の筋肉を下から持上げて、毛穴から外へ吹き出よう吹き出よ・・・ 夏目漱石 「夢十夜」
・・・山の上の巨岩を見ても同じ驚きは起こらない。そういう巨岩を大阪まで持って来て石垣の石として使いこなしているその力に驚くのである。自分はああいう巨石運搬についての詳しい事情は知らないが、専門家の研究を瞥見したところによると、結局は多衆の力による・・・ 和辻哲郎 「城」
出典:青空文庫