・・・秋も、狩猟も、市場も、もう俺のものでない。お前が此の天上に、俺といたいなら時々やって来い。此所はお前の為に空けて置く!」 いかがです。学生本来の姿とは、即ち此の神の寵児、此の詩人の姿に違いないのであります。地上の営みに於ては、何の誇ると・・・ 太宰治 「心の王者」
・・・ 発声映画 無声映画がようやく発達して、演技や見世物の代弁の地位を脱却し、固有の領域を設定しかけたときに、突然発声映画の器械が市場に現われた。それがためにようやく「雄弁」になりかけた無声映画は突然「おし」にされてしま・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・毛皮市場や祭礼の群衆の中にわれわれの親兄弟や朋友のと同じ血が流れている事を感じさせられ、われわれの遠い祖先と大陸との交渉についての大きな疑問を投げかけられるのであった。最後のクライマックスとして、荒野を吹きまくる砂風に乗じていわゆる「アジア・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ 兵隊が帰って来た晩の街頭の人肉市場の光景もかなりに露骨であるが、どこか少しこしらえものらしいところもある。 フロランスという女に最初に失望する場面と後にも一度失望する場面との対照がもう少しどうにかならないかという気がする。しかし最・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・ かつて深川座のあった処は、震災後道路が一変しているので、今は活動館のあるあたりか、あるいは公設市場のあるあたりであるのか、たまたま散歩するわたくしには判然しない。 むかしの黒江橋は今の黒亀橋のあるあたりであろう。即ちむかし閻魔・・・ 永井荷風 「深川の散歩」
・・・彼はそれを遠い市場に切り出した。昼間は壻の文造に番をさせて自分は天秤を担いで出た。後には馬を曳いて出た。文造はもう四十になった。太十は決して悪人ではないけれどいつも文造を頭ごなしにして居る。昼間のような月が照ってやがて旧暦の盆が来た。太十は・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・この必要を認め、女のそういう奮起、たくましさをよみすればこそ、良人の代りに絣のパッチ・ゴム長姿で市場への買い出しから得意まわりまでをする魚屋のおかみさんの生活力が、今日の美談となり得ているのではあるまいか。 若い女のひとたちに向って、家・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
・・・出版企業は、作家を原料加工業、読者を市場としてみるにすぎない。営利出版は、本質がそうである。将来にわたる文化の沃土として作家や読者大衆をみない。この条件は、作家をわる巧者にして、自分にとっても曖昧な「文学性」の上に外見高くとまりつつ稼ぎつづ・・・ 宮本百合子 「ある回想から」
・・・ ゴーデルヴィルの市場は人畜入り乱れて大雑踏をきわめている。この群集の海の表面に現われ見えるのは牛の角と豪農の高帽と婦人の帽の飾りである。喚ぶ声、叫ぶ声、軋る声、相応じて熱閙をきわめている。その中にも百姓の強壮な肺の臓から発する哄然たる・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・集るものは瓦と黴菌と空壜と、市場の売れ残った品物と労働者と売春婦と鼠とだ。「俺は何事を考えねばならぬのか。」と彼は考えた。 彼は十銭の金が欲しいのだ。それさえあれば、彼は一日何事も考えなくて済むのである。考えなければ彼の病は癒るのだ・・・ 横光利一 「街の底」
出典:青空文庫