・・・後に再び川越に転封され、そのまま幕末に遭遇した、流転の間に落ちこぼれた一藩の人々の遺骨、残骸が、草に倒れているのである。 心ばかりの手向をしよう。 不了簡な、凡杯も、ここで、本名の銑吉となると、妙に心が更まる。煤の面も洗おうし、土地・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・が、天下の大富豪と仰がれるようになったのは全く椿岳の兄の八兵衛の奮闘努力に由るので、幕末における伊藤八兵衛の事業は江戸の商人の掉尾の大飛躍であると共に、明治の商業史の第一頁を作っておる。 椿岳の米三郎が淡島屋の養子となったは兄伊藤八兵衛・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・仏国革命の恐怖時代を見よ、政治上の党派を異にすというの故を以て斬罪となれる者、日に幾千人に上れるではない歟、日本幕末の歴史を見よ、安政大獄を始めとして、大小各藩に於て、当路と政見を異にせるが為めに、斬に処し若くば死を賜える者計うるに勝えぬで・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・ 剣劇の股旅ものや、幕末ものでも、全部がまだ在来の歌舞伎芝居の因習の繩にしばられたままである。われらの祖父母のありし日の世界をそのままで目の前に浮かばせるような、リアルな時代物映画は見たことがない。チャンバラの果たし合いでも安芝居の立ち・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・聞いてみるとそれがみんな活動俳優のいわゆるスターだそうである。幕末勇士などに扮した男優の顔はいかなる蛮族の顔よりもグロテスクで陰惨なものであるが、それが特別に民衆に受けると見えてそれらの網目版が至るところの店先で自分をにらみつけ、脅かし圧迫・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・ 五 幕末ものの映画をその組成要素に分解してみると、割合に少数なエレメントで大抵の用を便じていることが分かる。「密謀の集会」「大広間の評定」「道中の行列」これには大抵同じ土手や昭和国道がつかわれる。「花柳街の・・・ 寺田寅彦 「雑記帳より(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・今日の我らが人情の眼から見れば、松陰はもとより醇乎として醇なる志士の典型、井伊も幕末の重荷を背負って立った剛骨の好男児、朝に立ち野に分れて斬るの殺すのと騒いだ彼らも、五十年後の今日から歴史の背景に照らして見れば、畢竟今日の日本を造り出さんが・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・わたくしはふと江戸の戯作者また浮世絵師等が幕末国難の時代にあっても泰平の時と変りなく悠々然として淫猥な人情本や春画をつくっていた事を甚痛快に感じて、ここに専花柳小説に筆をつける事を思立った。『新橋夜話』または『戯作者の死』の如きものはその頃・・・ 永井荷風 「正宗谷崎両氏の批評に答う」
・・・徳川幕府のアカデミアであった林氏の儒学とそのアカデミズムとは、全く幕府の権力に従属した一つの思想統制のシステムであった。幕末の、進歩的な藩に置かれた藩学校は、当時表面上は幕府法律で禁じられていた英、蘭学の学習を秘密に行ったり、「万国」の事情・・・ 宮本百合子 「新しいアカデミアを」
・・・電気――エレキへの科学者としての興味をひかれ、実験を試みたことから、幕末の平賀源内が幕府から咎めを蒙った事実も忘れ難い。科学博物館編の「江戸時代の科学」という本は、簡単ではあるが、近代科学に向って動いた日本の先覚者たちの苦難な足跡を伝えてい・・・ 宮本百合子 「科学の常識のため」
出典:青空文庫